高野邦夫の句


 春

春寒し海鳴る丘の砂防林

春逝くやお台場辺りとの曇

傾斜地の耕人何時か見えずなり

実朝忌海金泥の落暉かな

十三階ベランダ蝶の過ぎりけり


 夏

梅雨寒のトロール船の波止場かな

七月のネオンの銀座裏たりし

梅雨宿や煌々としてロビーの灯

世を拗ねて駅溜まり場のサングラス

火蛾舞ふやシテ去り行きし能舞台

旅果つる一人の夜や卓の蟻


 秋

鴉舞ふ霊園二百十日かな

暖簾畳む女の肩の夜寒かな

行く秋や病めば肉なきふくら脛

ごくり呑む水のうまさよ広島忌

水撒けど乾く大地や原爆忌


 冬

処置室の玻璃戸冷たく視つめゐぬ

凩や地を滑りゆくものの音

内科受付外套の襟立てし侭

賢治の詩朗々冬帽握りしめ

衒学の果ての人たり冬帽子

大根抜いて突つ立つ風の岬かな

胃のしこり指もて探り漱石忌

寒禽の飢ゆる大地の乾きかな


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