うつせみ 
2002年 3月10日
              ライチの花咲く国

 ライチという果物を万一知らなくても恥にはなるまい。近年日本の店先で見かけるようになった濃茶のピンポン玉のような果実で、ゼリー状の白い果肉が甘い。そのライチの木と花をベトナムで初めて見た。北ベトナムではこの時期、高さ2-3mで円い樹形の木全体をクリーム色の花が覆う。

 北ベトナムのHalong Bayの湾内に船は錨を下ろして艀(はしけ)で接岸し、Hanoiまで180 km、3時間半バスで田園地帯をドライブした間に、このライチの木が無数にあった。昔は自給自足の分だけだったのが、ドイモイという名の資本主義経済の導入で手近かな現金収入の道として広まり、外国の資金援助もあって急速に増えているということだった。

 中間点のSao Doという町のトイレ休憩のドライブインでは、町の価格に比べれば高いはずの観光客相手の場所で、お土産物の安さに驚いた。絵が好きな私はここで40cm x 60cmほどの絹刺繍でできた風景画の気に入ったものを買った。可愛い売り子が巧みに2枚買えば安くすると勧めたので、違う絵柄2点をUS$215で買った。ベトナムの通貨ドンVNDに交換してしまうと国際通貨に戻せないからUS$で買い物をするように船でアドバイスがあった。建物の一角では若い女性が20-30人も、白い布の上に描かれた輪郭とお手本の写真を元に刺繍をしていた。恐らくは一人一日で一枚はできないはずだ。翡翠細工の立派な装飾品がUS$100以下で買える。

 Hanoiの町では観光客を見ると数人の物売りがしつこく寄ってくる。値段は必ずUS$1で、モノの数量で値引きする。例えば絹に手書きで絵を描いて台紙に貼り付け、封筒を添付したGreeting Cardは、バスが到着した時点では7枚で$1だが、バスが出発するときには20枚で$1となる。

 私は当然この金銭関係に興味を持った。まず旅客はそもそもUS$で買物をするから気づかないが、交換レートがすごい!! US$1が何とVND 15,000になる。ではベトナム人の給料はどうかというと、40歳の学校の先生で月に VND 600 kだという。先生は給料が安く今国内で問題になっているそうだ。それに対してUS$関連の仕事は給料がよく、上記の刺繍の針子は月に VND 450 kプラス故郷に仕送り50 kだそうだ。雇用主が給料の他に仕送りするというのが面白い。美人の観光客相手のダンサはというと、一晩でVND 400 k、月に数件仕事があって1月の収入は VND 2Mくらいだという。一般国民にとっては$1は半日分の生活費なのだ。恐らく上記のGreeting Cardなどのお土産品は、$1に比べてずっと安く出来ていて、売り上げがほぼ粗利になるのではないかと値引きの過程を見ていて感じた。勿論為替レートのいたずらである。ベトナムは最近タイを抜いて米国に次ぐ世界2位の米輸出国になったというが、あまり輸出品があるようには見えないから、VNDが安いのだ。農業公社方式を止めて農地を個人に分配したら農業生産が飛躍的に向上したという。MarxもLeninも天才だと思うが、天才にしてこの1点の見落としはどうしたことか。

 かっての敵米国人を恩讐を超えて今観光客として歓迎するのも道理だ。ガイドは「フランスがこの遺跡を壊した」とは説明するが「米国が」とは決して言わず「戦争で壊れた」という。我々のガイドAnh氏は元英語教師で、米人観光客が来るようになってからガイドになったと言った。敵性言語の英語を教えていたのかと質問したら、「勿論だ。勝つためには英語が必要だから英語教育は奨励された」と言った。英語を禁じ「ストライク」「ボール」を「よし」「だめ」と言った国とは対照的だ。

 Hanoiのホテルに一泊した日曜日の朝、いつものように暗いうちに目覚め、夜明けを待って散歩に出た。市の中心にある湖に来てみるとまだ薄暗いのに、日曜日なのに、大勢の人が湖の周囲をジョギングし、散歩し、太極拳をしていた。老婆が歩道にたたずみ、コンロとナベで食事を提供している。ベトナム人は勤勉だ。インドとは全く違って町も綺麗だ。US$で換算すれば貧しいが、さすが共産主義下で貧富の差がなく、やりがいと希望のある幸せなVND生活があるように見えた。

 ライチの花がやがて甘く実るように、ベトナム経済の台頭も遠くあるまい。今の為替レートも長くは続くまい。翡翠を買うなら今ですぞ。 以上