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扉 著者名の「近道行者」は誤りで、正しくは「近路行者」。 |
背表紙 |
「 古今奇談 英草紙 」 目 次
解 題 ( 関根正直 ) 一 後醍醐帝 三たび 藤房 二 馬場求馬 三 豊原兼秋 四 黒川源太主 五 紀任重 六 三人の妓女 七 楠弾正左衛門 八 白水翁 九 高武蔵守 |
解 題 |
英草紙は都賀庭鐘の作なり、一種の短編小説集にして、その始めて出版せられたるは、寛延二年(1749年)なり。 その頃八文字屋本漸く衰へ、支那小説の頻りに喜ばれたる程とて、この草紙も同じ風潮にひかれて、出で来しなり。 曲亭馬琴の著と聞ゆる物之本江戸作者部類に、上田秋成、椿園主人と並べて庭鐘の名を掲げ、「この二三子は竊かに唐山の伝説を我が大皇国の故事に撮合してつゞれり。 その著筆浅井了意の剪燈新話を翻案して御伽冊子の一書をなしたるにおなじ。」とある如く、其の粉本の聊斉志異等にあるは言ふを須ひず。 その時好に投じたるは、続著として繁野話( 、莠問冊) ( (正しくは「莠句冊」)あるを以ても知るべし。 而してこの草紙が後の江戸の読本を発生するに与りて力ありしは、また疑を容れざる所にして、かの上田秋成の雨月物語も、これにならひて作れるなるべし。)
英草紙の小説史上における地位およそ此の如し。 その内容は、古今の異聞怪談にして或ものは時代物或ものは世話物風たる差こそあれ、怪を以て始まり異を以て終るは、みな同じ。 ただ怪を語るといふものの、荒唐無稽、人情を超絶せるが如きものならずして、飽くまで現世的色彩を帯ぶるは、さすがに徳川時代の産物なり。 徳川時代の産物は、またとかく道義観を含めたるもの多く、甚しきに至つては 作中の人物 直ちに忠の観念なり義の権化なり。 英草紙も多少この傾向を有すとて、故藤岡東圃は その国文学史講話に左の如く論じたり、英草紙は小説的事実を仮りて作者が道徳観を示せるものなるが如く、その道徳的批判は当時世上の偏僻論者が云為せるところに比して頗る寛大に、或は従来の歴史より見て当然悪人とせらるゝ人の上にも同情を注ぐを惜まず、或は悪人と思ふも自己の偏見より生ぜる錯誤の判断にして、実際においては然らざるものありなど、怪異を語りつゝも実は議論の筆を進めたるものならんか、而してその世間に対するも楽観的見地を以てしたり。と云々。 蓋し動かざるの説ならん。 東圃また同書に本書の文章を評して、唯その文余りに漢臭を帯び、わが国の習俗を写すにさへ、或は「手を挙げて会釈す」といひ、或は人を饗応するに「粥を煮せしめ」などいへる、無意義の踏襲随所に散見す。といひて、慊焉(あきた)らざることを示しながらも、総括しては「遒勁なる辞藻」と推称せり。 しかり、庭鐘の文、奔放にして法格に拘はるなく、小巧を算せずしてよく人情の機微に触れ来るところ、また得易からざる天品といふべし。
本書の原本は半紙判の六冊本なり、すなはち全九篇を五巻に分ち、終の第九篇ひとり一篇にて一巻をなし、五巻のうち第ニ巻にかぎりて上下ニ冊あり、毎巻一ヶ所乃至三ヶ所に図画を挿みぬ。 この画はた本文の妙を助けたり。 巻頭に掲ぐる閻魔庁の図は第三巻の前半に収めたる第五篇挿画中の一にして、奇趣概ねこの類なり。
原本文字の用ひざま、頗る支那くさきも、亦支那小説より来りしを証す。 傍訓はた牽強に、送仮名も体をなさゞる所あれど、累を全文に及ぼすことなければ、大抵は原のまゝにして、強(あなが)ちに改めず、たゞ誰が目にも誤字と思はるゝ本字、及び仮名遣の誤のみを正したり。 御旨、九宵、蒹葭といふ語の右に「ぎよし」「きうせう」「けんか」と訓したる外に、更に左に「おほせのむね」「おほぞら」「よしのたぐひ」と注したる類こゝかしこにある、一つの特色なるべけれど、徒らに煩はしく且は蛇足の嫌なきにあらざれば、こゝにはすべて略しぬ。
著者都賀庭鐘は大坂の人なり、通称六蔵、字は公声、千(近)路行者はその号にして、また莘荑館大江漁夫、ともいへり。 前に引ける物之本作者部類に明和安永に至りてとあり、諸書に寛政中歿すといへど、その年月、享年を明かにせず。 儒医を業とし、博物骨董に精しき蒹葭堂と親交あり、みづからまた物産学を修め、書画の技にも長じたりといふ。 繁野話、莠句冊の外、大江漁唱、莘荑館随筆、物産緒言、明詩批評、狂詩選、垣根草等の著あり。
英草紙は亡友東圃が愛読書中の一つにして、予て本文庫中に収めんのあらましなりしかば、歿後其の志を空しくせじと、同儕相謀りて校訂上版し、己れ代りて開題をものする事となりぬ。 仍て聊(いささ)か其の由をも附記しつるなり。
明治四十三年七月十八日 関根正直しるす
( 本 文 ) 一 後醍醐帝 |
万里小路藤房卿( は 宣房卿) ( の子なり。 幼) ( より 好) ( で書を読) ( 、博学強記) ( 、和漢の才に富) ( て、早く黄門侍郎) ( となる。 建武) ( の帝) ( (後醍醐帝) 命じて尚書) ( を講ぜしめ給ふに、よく其旨) ( を解) ( 得たりしかば、帝 深く其才) ( を愛し、常に左右に侍) ( せしめ給ふ。 元弘) ( の変に、帝 武家にとらはれさせ給ふ折りからも、藤房 是に従ひ奉る。 御開運) ( の後) ( つひに上卿) ( となる。 此の時、速水下野守) ( といふもの、もとは参河) ( の国) ( の住人) ( にて、足助重範) ( が一族なるが、官軍没落してより東国に逃) ( 下り、こゝかしこにせくゞまり、公家) ( 一統) ( の時を待得て都に登り、万里小路藤房卿について天機) ( を窺) ( しに、速水が幸) ( にやありけん、何事) ( にや 叡慮) ( うるはしき折りからにて 上便) ( に思召れ、一ヶの荘) ( を宛行) ( はれ、一首の古歌) ( を賜) ( ふ。)
あづま路にありと云( なる逃水) ( の 逃隠) ( れても世を通す哉)
藤房 此歌を見て、博識( の人なれども、いかゞしたりしや、此の歌を知) ( 給はで、是 古歌なるとは思ひもよらず、帝) ( の新製) ( の歌なりと思ひ、逃水) ( のことば ふしんはれず、かれが姓) ( を咏) ( 入られしとは見えたれども、逃水といふつゞき いかならん、其上 速水) ( の速) ( の字に逃) ( の意) ( なし と難) ( じたりければ、帝 大に御気色搊) ( じ、次の日 藤房を召て、東) ( の歌枕) ( 見てこよと追) ( やり給ふ。 藤房 何) ( の罪) ( とはしらねども、叡慮) ( にまかせて旅) ( だちて、いつかへりいつあふさかのせきならん、しられずしらぬ旅の心ぼそく、ゆきゆきて むさしのゝ果) ( なき道にかゝり、見わたせば、其広) ( きこと雲) ( をしのぎ 霧) ( にへだてゝ、たゞめのおよぶ所にかぎれり。 春の末) ( 、草葉) ( のしげりしあひだ はるかむかふに流) ( るゝ川あるは、かの調布) ( さらす玉川にこそとおもへど、問) ( ふべき人なく、川を目につけて行) ( とも、曠野) ( の内 遠近も目当違) ( て、ゆけどもゆけども 川ははるかむかふにありて、同じ程なるはいかにと思ふ中) ( 、からうじて一人の田夫) ( に行逢) ( たり。 やおれ、むかふに見ゆる流れは何とよぶ川ぞ と尋) ( 給へば、此田夫云、此あたり 西は秩父根) ( 、東は海北) ( 、南の向) ( が岡) ( 都築) ( が原) ( より、北は河越) ( にいたり、此のあひだを むさし野といふ、縦横) ( 十郡に跨) ( れり、其内にたゞ三の川あり、玉川、久米) ( 川、入間) ( 川なり、年とらず川などいへるは 有) ( にかひなき細き流れにて、節分) ( の夜はきはめて水ながれざる故、かく名) ( るとなり、それゆゑ水にとぼしく、野) ( に出るもの 器に水を貯) ( へ持て 渇) ( をうるほす、此のあひだに 川も流れも目にさへぎることなしと答ふ。 藤房、むかふに見ゆる川よと指さし給へば、田夫 顧) ( て 笑うて云、あれは川にては侍) ( らず、あれこそ山峰に雲) ( を出すが如くにて、地気) ( のなす所、いつとても春夏の際) ( 遠所) ( より見る所 水の流るゝやうに見ゆれども、水にあらず、其所) ( に行) ( ば見えず、行) ( ども行) ( ども むかふに行やうなれば、むかしより逃水) ( と名づけぬといふに、藤房 心づきて、逃水) ( の名) ( 古) ( き事にやと問給へば、此農夫) ( 云、年老) ( たるものどものかたり伝へしは、是も名所の内にて、あづま路にありといふなる逃水の と、古歌) ( に咏) ( おかれしよし うけ給はりぬとねんごろに語) ( りて別れぬ。 藤房 こゝにおいて 主上の速水) ( に賜りし歌は 古歌にて、逃水は古き歌名所なることを はじめて悟) ( り、むさしのゝ草葉) ( がくれに行水の とある古歌にも思ひ合され、咏林) ( のしげき、いまだ我覚えざる名歌多かるべしと、自) ( 眼) ( の狭) ( ことを恥て、歌まくら見よとの叡慮も これを思ひ知しめんためなるべしと、こゝより都) ( にかへりのぼり、父宣房) ( に此事をかたれば、宣房いふ、儞) ( これほどの麁忽) ( あらんや、其歌は俊頼朝臣) ( の歌にて、近頃 去る家に深く秘) ( せらるゝ扶桑) ( といへる集) ( にも出たり と聞て、藤房 いよいよ我麁忽) ( をしり、内に参りて其過) ( を悔) ( るに、主上もかれに思ひしらしめん為なれば、今は とて免) ( されにけり。 藤房かへり登る時、大内裏) ( すでに造営) ( をはじむ。 藤房 これを諫) ( 奉らんとすれども、事すでにとゞむべきにあらず。 これのみならず、帝 此時 太平) ( に志 怠り給ひ、馬場殿) ( を建て、逸遊) ( 度なく、女謁) ( 盛に行はれ、朝野) ( 怨) ( を含むもの甚多し。 近頃 仏教) ( を信じ給ひ、僧徒) ( また 禁宮) ( に出入するもの少からず。 上の好) ( ことは 下) ( 倣) ( ふ ならはせなれば、士民ともに僧を信用し、村落の小院) ( までも 説法壇) ( を設けて、法を説) ( 。 後は 心よからぬ僧徒) ( 多なりて、男女の席 乱) ( がはしく、よからぬ風俗多かりければ、藤房 諫を奉りて、異国本朝) ( ともに 仏教に淫) ( して 国 危) ( かりし故事を説出) ( し、詞) ( をつくされしに、元より才学辨利なる帝 これを聴入) ( 給はず、却て藤房に向) ( ひ、梁武帝) ( の仏に淫) ( して 民膏) ( を費) ( し 国の衰) ( へとなりしは、仏教) ( にかぎらず、淫) ( する時は 皆がい) ( あり、仏法も国の害になる程帰依) ( せねば 障) ( 有まじきことぞかし。 また仏家の方便) ( の国政に益) ( なきこと、儞が説をまたず。 彼僧徒 説法壇を開) ( ても、或は天下の害となるべきことを演) ( る時は、いかに其儘に差置かんや。 まだも往古) ( の僧哲) ( は 気性強) ( かりしかば、公政) ( をも恐れず、今の僧徒は佞諛) ( のもの多く、猶以) ( 国法を害することなし。 近世は僧に雅俗) ( の分) ( 出来りて、中にも徳) ( ある僧の弟子を指教) ( して、宗儀) ( の深意を釈) ( し、仏語を表裏より推) ( て 悟) ( らしめ、終に仏身を成就) ( するあれど、今の俗僧の俗男女) ( に説聞) ( しむる所は、理を浅説) ( をもつぱらとして、滑稽笑話の類なれば、二度) ( 童) ( にかへりたる婆翁) ( 理屈) ( ばなしと同じ耳に聞) ( ば、誰) ( か聞こんで発心するものもなく、説法者も聴者) ( も憚らず 書籍) ( は膝前) ( に披) ( ながら、目はひたすら 空焼) ( のかたにむかふ。 壇上に躍狂) ( て、法衣) ( の腕) ( をかゝげ、雇れし寺の喜捨を募り、巧に自己) ( が衣料を乞) ( 、観音の小像 を賭) ( にして福引するに至る。 此体) ( の放下同然) ( の仏説) ( を聴もの、一人として大義のわきまへあるものなければ、人をたぶらかす程の邪智) ( もなし。 儞が心の底) ( は、天下の人を皆 学者にもして、理に明らかならしめんと欲するならん。 左ある時は 僧徒の外に不耕) ( して喰ふもの多くなりて、其中には学問の理を仮) ( りて非をかざるもの、或は公) ( の事につけて管見) ( の議論をなし、人民) ( の心を迷すやからが出来る。 彼) ( にも此) ( にも理屈行れて、政道の害となれば、僧徒は物の数) ( ならず、秦の始皇) ( が儒者を埋殺) ( せしも深き心あるべし。 天下の上に立ものは 民百姓を怜悧発明) ( にあらしめんと思ふことは さらさらなし、偏) ( に律儀) ( にして、国法を奉じ、小善) ( といへども 為べき人柄) ( にあらせ度) ( 思ふばかりなり。 今の俗僧) ( の説) ( 所は、民百姓の悪発明) ( にのみなり行を 愚なるかたに引もどす一助ともなるべし。 儞 今すこしく心を高して見るべしと、綸言) ( の弁) ( ずる所、謂) ( なきにあらねば、藤房 却て主上に説得) ( られ、閉口) ( して朝) ( を退きぬ。 角理) ( に明) ( なる君なれども、逸遊) ( 日々にさかんなれば、此朝廷 治果) ( べくも覚えず、折あらば再三折檻) ( の諫を奉らんものをと 思ひくらされける。 一年) ( 、雲州 塩冶判官) ( が許より 竜馬) ( なりとて 月毛) ( の馬を進奏す。 其形 頸) ( は雞) ( のごとく、背) ( は竜) ( に似て、四十二の攀毫) ( 背筋に連なり、両の耳 直) ( に立) ( て 竹を剡) ( がごとく、双) ( の眼) ( 鈴) ( を掛) ( たるかと怪) ( まる。 今朝 卯) ( の刻) ( 雲州富田) ( を発) ( て、酉の刻 京着) ( す、其道 七十六里、鞍の上 座) ( せるがごとく、風邪をきつて走る故、眼 ひらきがたしと奏す。 則) ( 左馬寮) ( に養) ( しめ、馬場殿) ( に幸) ( なりて、此馬を叡覧あり。 本馬孫四郎重氏) ( を召) ( れて、曲馬) ( を乗らしむ。 乗人) ( の心に応ずること 尋常) ( ならず、誠に天馬とも謂) ( べし。 叡慮) ( 悦こと類) ( なく、我朝) ( に天馬の出ること 朕) ( が世 是初なり、吉凶如何) ( と御尋ある時、左右) ( 皆云、是 嘉瑞) ( なり、周) ( の穆王) ( の世 八疋の天馬来り、是に乗) ( て 天地) ( の間に周遊) ( すといへり、天馬は麒麟) ( の類) ( なれば、是 聖明) ( の徳の顕) ( るる所なりとぞ 賀) ( せられけり。 折しも藤房の卿 参られけるに、主上 天馬の吉凶を勅問) ( ある時、藤房 申されけるは、天馬の本朝) ( に来れる其例) ( なければ、善悪は勘) ( へがたし、然れども此馬 吉事の用には立まじきか、漢) ( の文帝) ( の時 千里) ( の馬を献) ( ず、文帝 是を受) ( ず、帝王、吉に行) ( ば 日に三十里、凶) ( に行ば五十里、鸞輿) ( 前に有り、属車) ( 後) ( に在り、われ独) ( り千里の駿馬) ( )に乗( ずとも、従者) ( なくして 帝王 何国) ( にかゆかんやと宣) ( けるとなり、周穆) ( 八駿) ( に駕) ( して遠遊) ( を好) ( み、明堂) ( の礼) ( に怠) ( りしは、周の世の衰) ( るはじめなり、今、大乱) ( の後 民費人苦) ( て、天下いまだ安) ( からざるに、人主) ( の誤) ( を正すべき執政) ( もなく、群臣) ( 言) ( に阿) ( て 国の危) ( ことを申さず、大内裏) ( を造) ( り、馬場殿を建) ( 、民に課役) ( をかけ、宸襟) ( を休) ( 奉りし功臣) ( を賞) ( じ給へども、恩賞) ( 其功) ( にあたらず、忠功) ( 空) ( しく 怨) ( を含) ( もの多し、他日) ( 天下に上慮) ( の事あらん時、天子 此竜馬) ( に駕) ( して 南山北嶺) ( に避) ( 給ふとも、群臣) ( は従) ( ことあたはず、只遠国) ( に急) ( を告) ( る時 用る所あらんのみと、是をよき次) ( として諫) ( られければ、諸臣) ( 色を変) ( じ、旨酒) ( の高会) ( も無興) ( にして、主上 逆鱗) ( の気色) ( ましまして、儞) ( 見浅) ( して天馬を上吉) ( とす、儞かの穆王) ( の八駿 倶) ( に皆同じ馬なるや、或は其の能) ( 各異) ( あるか、何の書に是を出すことを知るや。 藤房 一時 此こと思ひ出) ( ず、たゞ云、周家) ( の本紀) ( 是をしるさんのみ。 主上 頭) ( を揺) ( らせ給ひ、八駿各 其能異) ( なること 拾遺記) ( に是を出せり、周穆) ( の八駿第一を絶地) ( と名) ( く、馳) ( るに蹄) ( 地を践) ( ず、第二を翻羽) ( と名く、行こと飛禽) ( に越) ( たり、第三を奔宵) ( と名く、夜 万里を行て迷) ( はず、第四を超影) ( と名く、日の足を逐) ( て行、第五を踰輝) ( と名く、毛の色 光明) ( 炳輝) ( 、第六を超光) ( と名く、形) ( 一ツにして 十の影) ( あり、第七を騰霧) ( と名く、 雲) ( にのりてよく走る、第八を挟翼) ( と名く、身に肉) ( の翅) ( あり、穆王 此八疋の馬にたがひにのりて、天地の間に行ざる所なしと書) ( 伝ふ、今 此一馬) ( かの八駿の能を兼たりとも、朕) ( いかんぞ是を遠遊) ( の為) ( に用て、朝政) ( を誤) ( らんや、名剣) ( といへども 敵) ( を斬) ( り身を殺) ( の吉凶たがひあり、皆 其用る人の禍福善悪) ( に依) ( るものなり、儞の狭) ( き量) ( を以て天下を概) ( することなかれ、むかし魏) ( の任城王曹彰) ( 駿馬) ( を愛して愛妾) ( と換) ( たり、後世美談) ( として 楽府) ( に製) ( して是をもてはやす、武) ( を重) ( んずるものは馬を愛すべし、今) ( の時 馬を愛するは 武をわすれざるの時に当れり。 藤房 常) ( に 主上の准后) ( の美色) ( に迷) ( うて、政に害) ( あることを悪) ( めば、帝の言) ( に応) ( じて云、主上 よく愛妃) ( を馬に換) ( ることを得るや、馬に追風千里) ( の能) ( あり、美女) ( に沈魚落雁) ( の容) ( あり、恐らくは君) ( 二ツながら棄) ( ことあたはざらんことを。 帝 藤房に心病) ( を言当) ( られ、心に深く恥) ( て、此時 只博識) ( を以て是を圧) ( んと欲し、儞) ( 沈魚落雁の四字) ( の出る所を知や、藤房 言) ( 、沈魚落雁の字は 唐の宋之問) ( が浣紗篇) ( に云、鳥驚) ( て松蘿) ( に入、魚畏) ( て荷花) ( に沈) ( と咏) ( ぜしより出て、美人) ( は 魚鳥) ( も是に感) ( ずるを云り。 帝) ( 大に笑て宣) ( ふ、儞 知らず、沈魚落雁を美人の佳称) ( とするは 元) ( 是誤) ( なる事を、此詞) ( 漆園氏) ( (中国・戦国時代の思想家の荘子。 漆園の吏であったという。)の語に出て、毛嬙麗姫) ( は人の悦) ( ぶ美人なれども、魚は人のけはひだにすれば 深くかくれ、鳥も人だに近よれば高く飛んで去る、人は愛すれども 魚鳥) ( は其差別) ( なきことをいへる詞) ( なり、後世) ( 転) ( じ誤) ( りて 美人の称) ( とす、儞 故事) ( を引て朕) ( を動) ( さんとならば、今暫) ( 窓) ( の下に年を積) ( べし、今日 此馬場殿) ( は遊閑) ( の地なるゆゑ、儞が罪) ( を問定) ( めず、朝廷) ( にありて此過言) ( を出さば 罪を問う) ( べきこと免) ( れがたしと、詞厳) ( に宣) ( て、其日の御遊) ( は扨やみぬ。 藤房卿 第) ( (自宅)に退) ( て歎) ( じて曰) ( 、治世) ( の期) ( 、吁) ( 、やんぬるかな、今) ( 主上、智) ( は奢) ( に用ゐ、弁) ( は非) ( を覆) ( に足) ( る、下官不才) ( の言) ( 動) ( すべきにあらずと、遂) ( に自官) ( を辞) ( て、北山の下) ( に去) ( てかへらず。 帝 驚き思召て、父の宣房の卿に詔) ( して、是を求還) ( さしむれども、竟に其行所を知らずなり給ふ。)
終