らんだむ書籍館


表紙

(右下に見える「苦楽」の文字は、表紙デザインの
一部ではなく、後から押捺されたゴム印のようである。
本誌はおそらく、 大衆文芸誌「苦楽」(苦楽社刊行)
と相互交換されていて、その「苦楽」側の受付印 で
あろう。)





目 次


 表紙・扉・目次・カット      青山 二郎

 小説  「俘虜記」 (100枚)   大岡 昇平
 金瓶梅              林  房雄
 短歌 枯山水            吉野 秀雄
 文芸時評             深田 久彌

 座談会     石川 達三・林 房雄・川上徹太郎
         亀井勝一郎・上田 広・草野 心平
         船橋 聖一・今 日出海

 風神雷神  (匿名のコラム)

 編輯後記             亀井勝一郎


「文学界」 第二巻第二号 

 昭和23 (1948) 年2月、 文学界社 (編輯兼発行人 芝本善彦)。
 A5版、紙装。 本文 64頁。


 本誌(本号)については、概観的な、書誌的事項中心の紹介にとどめる。

 「文学界」 という名の文芸誌としては、まず 明治26年(1893年)に 星野天知、平田禿木、島崎藤村、北村透谷らが創刊した 明治期「文学界」が知られている。 キリスト教的教養を背景に、低俗を排した ロマン主義的傾向を発揮させたもので、樋口一葉もこれに寄稿した。
 次に、昭和8年(1933年)に 豊島与志雄、小林秀雄、武田麟太郎、林房雄らが創刊した昭和期「文学界」があり、休廃刊を繰り返しながら、戦争最中の昭和19年4月まで存続した。 各種の立場の作家を包含しながら、文学の実質を守ろうとしたとされる。
 ここに紹介するものは、戦争の苛酷化で廃刊に追い込まれた 上記の昭和期「文学界」を 戦後まもなく(昭和22年6月)復刊させた 戦後版「文学界」で、この第二巻第二号は 復刊から7号目となる。

 本号の 黒・紺・薄茶の3色刷りの表紙には、そのうちの薄茶色で、「小説 俘虜記(一〇〇枚)/ 大岡昇平」の文字が、表示されている。 目次でも「俘虜記」は特別扱いで、特に大きく表示されている。
 「俘虜記」は、大岡が フィリピンのミンドロ島で米軍の捕虜になった体験を書いた、戦争文学作品(戦記)である。 本号本文の冒頭から始まっていて、本号頁数の約半分に及んでいる。 本号全体がかなり小さな活字で組まれているため、この作品は特にギッシリと書き込まれている という、印象を受ける。 実際、記述は極めて緻密である。 緻密ではあるが、明解で臨場感があり、一気に読み進めることができる。
 本文における標題(「俘虜記」)には、小字で「わがこゝろのよくてころさぬにはあらず。害せじとおもふとも、百人千人ををころすこともあるべし」という「歎異抄」中の語が添えられている。 これは、いわゆる「自力」の不安定さを強調した語であるが、作者は「ころす、ころさぬ」の状況下での心理状態を 問題にしたのであろう。
 「私は 米兵が私の前に現れた場合を考へ、それを射つまいと思つた。 … 私は 生涯の最後の時を 人間の血で汚したくないと思つた。」 こういう思考が、作品を高めている。

 本誌(本号)の紹介としては、その主要部たる「俘虜記」の全部または一部を掲げるべきであるが、この作品は 著作権がなお存続している。 また、この作品はこれまで 多くの作品集や全集・文庫の類に収録されているので、入手や閲覧は容易であろう。
 そこで、記事の一部紹介としては、亀井勝一郎「編輯後記」(本文では「文学界後記」)を、掲げることとする。 ここに、簡潔ながら的確な「俘虜記」の紹介が なされている。

 また、目次には示されていないが、「後記」の後に置かれた 「文学界同人」のリストも掲げておく。
 これらの人々も 戦時中には多くの苦難を経験したであろうが、大岡の生死の記録には、衝撃を受けたことであろう。

 このリストには 横光利一の名があるが、横光は前年の昭和22年12月に死去しており、そのことを報知した小枠の「社告」が 本文中に挿入されている。 これも目次にはないが、当時の文壇情報として付載する。



記事の一部紹介

文学界 後記


 今月は 大岡昇平氏の「俘虜記」(百枚)をもつて 巻頭を飾ることがが出来た。 大岡氏は フランス文学の翻訳者としてすでに著名で、知ってゐる人も少くないと思ふが、作品としては これが最初のものである。 敗戦の孤島における 死との対決を主要テーマとし、外部の異常変化と、それが心裡に投影する刻々の相を 執拗に追求してゐるが、内面化の深さにおいては、従来のこの種のものの中では比を見ざる 第一級の作品と思ふ。 単に記録的興味だけではない。 これに付属した作者の精神と創作力は、生死無常の機微を克明に描きえて、戦時戦後の全期間を通してみても おそらく最もユニークな作である。 今年度劈頭の佳品として 愛読を頂きたい。

 終戦後、あらゆる方面で日本古典の研究がおろそかになつたことは 遺憾である。 今こそ 一切の制約なく、自由にその個有美を発掘出来る筈なので、この方面にも 文学界は今後、折にふれて新しい開拓をつゞけたい。 二月は寒いが、やがて春の訪れも近いであらう。 読者諸君も 風邪をひかぬやうに御大切に。
(亀井勝一郎)     空白



文学界 同人


      井伏 鱒二  石川 達三
      林  房雄  丹羽 文雄
      堀  辰雄  川上徹太郎
      亀井勝一郎  横光 利一
      太宰  治  中村 光夫
      上田  広  草野 心平
      真船  豊  舟橋 聖一
      藤沢 恒夫  深田 久弥
      今 日出海  佐藤 信衛
      坂口 安吾  岸田 国士
      三好 達治  神西  清
      火野 葦平  森山  啓
      芹沢光治良



文学界社・社告

 同人、横光利一は 去年十二月三十日眠去いたしました。 横光は わが文学界創刊以来の同人として、本誌のため 終始力をつくしてまゐりました。 我々同人一同 ここに深く哀悼の意を表するとともに、生前の諸友知己に対し 久しき御厚情を感謝申し上ぐる次第です。 告別式は 一月三日無事終了いたしました。 尚 本誌は四月号を横光追悼号として 霊前に捧ぐる予定であります。
「文学界」同人     空白





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