らんだむ書籍館





目 次


  序 (東京美術学校長 正木直彦)
  例言 (田邊孝次)

  <上巻目次>
  緒言 
  太古 ~ 周
  釈尊時代の印度
  孔雀王朝
  秦
  漢
  三国
  「ジュンガ《及 案達羅王朝
  大夏 及 月氏
  崛多 及 「チヤアルキア《王朝
  晉
  南北朝
  隋
  我が推古朝
  波羅王朝
  唐
  飛鳥奈良時代
  平安王政時代
  五代
  
  挿画目次(第一図~第二百六十五図、内容略)


大村西崖・田邊孝次 「東洋美術史 上巻

 昭和5 (1930) 年5月 、 平凡社。
 B5版、クロス装、函入り、本文 248頁。



 上下2巻からなる書であるが、ここに紹介する当書籍館所蔵本は 上巻のみの端本である。
 (大正14年(1925年)刊行の初版は1冊本であったが、この昭和5年版は 図版挿入や索引追加による内容増で、上下2冊になったという。 そして、正木直彦の「序」によれば、もともと大村の単著であった本書を、この2分冊化のとき 田邊との共著に変えたようであるが、これは不適切な措置であったと思われる。)

 今回の「一部紹介」としては、「釈尊時代の印度」 の章を掲げることとする。
 仏教美術は、仏教の開祖・釈迦(釈迦牟尼、生没は BC5世紀頃)を記念・記憶し、その教えを的確に継承・伝搬させるため発生したものである。 釈迦の入滅後に創始されたものと考えられがちであるが、本書においては、美術活動の創始は、釈迦の在世時に始まるとしている。  その釈迦在世時の美術活動についての記述が、すなわち、この章である。



本文の一部紹介






釈尊時代の印度


 印度の文化も随分 古く、阿棃耶アアリア人種が在来の蛮民を駆遂して、五河パンチャナダ恒河ガンガアの流域に定住したのは、大かた虞夏(舜や禹が帝王であった時代)の頃であらう。 周初に至りては 吠陀エエダの経典 已(すで)に口誦せられ、春秋の頃は その婆羅門プラアフマナ奥義書ウパニシャッドの教へもあつた。 釈尊の世に出られたのは、孔子(霊王廿一~敬王四十一年、551~479 B.C.)より少し早く、霊王の三年(B.C.569)で、その涅槃ねはん(死去)は 敬王の三十一年(B.C.489)と考へられる。 裸形、事火等の種々の道は その頃 已に盛に行はれて、各々その信奉する神像を天祠に造つて 礼拝祈願してゐた。 像には 木造もあり金像もあり、又 建築の装飾に鳥獣の形などの彫刻もあり、従つて木師も鋳金師もあつた。 釈尊は 給孤独長者アナアタビンヂカの請に由り、塔前に高を作りて その上に銅作の獅子を置かせ、又 僧伽藍サンガラアマの大衆印、比丘ビクシユ(びく。釈迦の弟子)の私印の制を定めて、鍮石、赤銅、白銅、牙角の材に刻する図形をも きめられた。 彫刻、工芸も相応に発達してゐたことが 想像される。 殊に釈尊の肖像は、在世の中に 長者が祇園精舎ジエエタワナ井ハナヲに安置したのと、優填ウダヤナ勝軍ブラセエナジト二王の造らせた 金像と檀像とがあつた。
 絵画も 当時已に 能く種々の形像を画き、彩画舎とて画堂のやうなものもあつた。 釈尊は 比丘尼ビクシユニイが彩画舎を看ることを禁じ 又 比丘が衆生しゆじやうの形像を画くことを禁ぜられた。 建築に壁画が行はれてゐたと見えて、又 比丘が襯衣(はだぎ)を著けないで画壁に倚りかゝつてはならぬといふ戒(いましめ)を設けられた。 祇園精舎の出来た時、長者が壁画をかゝせる許しを請うたので、釈尊は 門及諸堂に、それぞれ種々の薬叉ヤクツヤ(神話上の人物)神変、五趣生死輪、本生事ジヤアタカ、地獄変、如来看病、死屍、髑髏 等を画くことを命じ、殊に生死輪は 詳かにその図様を教へられた。 五趣(地獄、傍生、餓鬼、人、天)と 十二因縁(無明、行、識、吊色、六入、独、受、愛、取有、生、老、死)とを、各々譬喩の物象で 輪相のフク (や)間に描き コク (こしき)の所に 仏像と三毒(貪、瞋、痴)の寓意象とを画いたもので 図式は今に伝はつてゐる。 本生事とは 釈尊が前世に種々の人物、鳥獣に生れ代はつて善行を行うた話の画で、後来 仏教美術の重な命題となつて 行はれたものである。 この祇園精舎壁画の出来上つた時、群衆が来り集まつて之を観、釈尊は その簷下で比丘の洗浴するのを制せられた。 髪爪塔も 釈尊の許しを得て 柱に画をかいて荘厳(飾りたてる)した。 又 貴人の座、傘等にも画飾を施した。 釈尊の画像は 在世の中にも描かれた例があり、涅槃された時、一代の伝記の画も出来た。 仏伝の図も 或は四相(誕生、成道、説法、涅槃) 或は 八相(降兜率、托胎、出家、降魔を加ふ。)とて、段々 話説の殖えた本生事と共に、絵画、彫塑を論ぜず、後世 亦 大いに仏教美術の製作に行はれたものである。 たゞ 恨むらくは、釈尊當時の遺物は一つも現存して居ない。



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