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新潮文庫
西園寺 公望 「陶庵随筆」

表紙




目 次


 陶庵随筆
  ガムベツタの理想国
  大院君の一国の骨髄
  アコラス翁の政治家
  中島棕蔭の耕講
  大原三位と切腹を賭す
  西園寺の風呂屋談
  唯一事を缺く
  微公の伯林会議談
  外務大臣の待合室
  水戸光圀の贈りし瓢
  邦人某 巴黎に胸壁を築く
  仏の大統領 ビスマルク公の賄賂を受く
  紅蘭女史に一本まゐらる
  火は木を焼く
  日本料理
  秘事は旨きものなり
  演説に喝采を得るの秘訣
  如何なる是れ風流
  五百年後、再来救世
  人情の愚 一に此に至るか
  香山々谷の奴隷
  先生は如何

 懐旧談

 欧羅巴紀遊抜書  竹軒狂客望稿

 滞仏日記の一節

 文芸雑感

 陶庵公に就て    国木田独歩


 解説        木村 毅





 国木田 独歩 編。
 昭和 18 (1943) 年 12月。
 新潮社。
 文庫版、紙装、本文 132頁。



 西園寺 公望 (さいおんじ・きんもち、嘉永2(1849)~昭和15(1940))は、旧貴族、政治家。 明治36(1903)年~昭和9(1906)年の間、内閣総理大臣となった。 私学・立命館の創設者。
 「本文の一部紹介」 としては、右の目次中の 「欧羅巴紀遊抜書」 の ほぼ前半部分 を掲げる。
 この文において、著者は 「望一郎」または「望一」と自称している。


本文の一部紹介

   欧羅巴紀遊抜書
 

竹軒狂客望 稿


 此度の行は、初(はじめ) 横浜より太平海に乗出し、 東を指して走る事、 二十余日、亜米利加洲 サンフランシスコに着し、猶又 蒸気車にて東に走り、更にニウヨルクより大西洋に航し、又々東向、走る事 十余日、即ち 英国に到れり。 然るに 元来 英吉利は 我日本より西に当れる国にして、此国より更に又、東に向つて乗出さば、即ち我国に来るべし。 此度 実地を経歴して、世界の円形なる、真に疑ふべからざるを知る。
 〇注 茲に世界の略図を示し、東西両半球を略写してある。
 自横浜よこはまより、到サンフランシスコ、三千里。
 但 望一郎の航行せしは 時 厳冬中に在り、北洋の狂浪怒涛を避けん為め 更に六百里南方に迂航す。 船中 凡(およそ)二十有六日、三千六百余里也。
 より、サンフランシスコ、到 ニウヨルク、一千五百里。 蒸気車凡七昼夜、第八日めに着す。
 自 ニウヨルク、到 首府 華盛頓(Washington,ワシントン)、一百三十里多少。
 蒸気車にて 四時 ばかりに走る。 更に、ニウヨルクへ帰り、到 英国レパポール、一千五百里。
 船中 凡十有一日。
 自 レパポール、到 首府 龍動ろんどん、一百余里。
 大抵 ニウヨルクより華盛頓に到るに同じ。
 自 龍動、到 仏国首府 巴里斯、大抵 一夜にて達す。
 日本 東西京ばかりの隔り有り、日本の旅行ならば、先づ 十有四五日は かかるべし。 噫 火輪車船の便利なる、真に天地の造化を奪へり。

 太平海
 横浜を出て十余日の後、洋中 二匹の鯨魚を見る、潮を吹て過ぐ、十余丈高く上り、散沫 霧の如し。 黒影 如山、漸漸として移る、一時の奇観なりし。
 一日(ある日)、大雷雨に逢ふ、黒雲圧海、電光射天、然れども、風 大に 不起、浪 亦 穏なり。
 洋中、水禽あり、鴎の類にして、東都 墨坨(墨田)の所謂、都鳥に似たり。 船中より、食物を水面に投げれば、群飛 争之、其数 幾万を不知。 或は長き麻絲を用ひ、絲端に肉の小片を針に付して之を結び、海中に投じて之を釣る、頗る面白し。
 一日、洋中にて 日本へ行く飛脚船に逢ふ。 前日より今日逢ふ可きを知り、日本人に告げて 本国への書状を作らしむ。 万里渺々の洋中に在て 一点の航路を不違(たがわず)、一刻の日子を不誤(あやまらず)、其航法精巧なる 真に可感(感ずべし)
 一日、洋中にて、日を改む。 幾日にてありし忘れたれども、縦令(たと)へば 十四日を以て、十三日となす也。 如何となれば、船 太陽に逆行するを以て、毎日時刻に、少し宛(ずつ)の差を生じ、英国に到る比(ころ)には、積つて 一日の差を成すなり。 蓋(けだ)し 地球はまるくして、英の夜半は、日本の正午に当れり、故に あらかじめ改めて 以て、西暦に合わせるなるべし。
 船中の模様は、福沢諭吉の西洋旅案内に、少しも不違(たがわず)、故に不細記(細記せず)、客の給仕 小遣より、水夫 火焼等、すべて支那人にて、凡そ二百余人も乗れり、時々筆談などして、何分 妙なり。

 サンフランシスコ
 支那人 名 金山、港名 金門( 支那人 金山と名づけ、港は金門と名づく --- これらは筆談の例であろう)、 鉱山あるの故なり。
 庚午(明治3年、1870年)十二月二十有八日、此地に着す。 港内の光景 頗る盛んにして、亦 目を驚すに足る。 開けしより纔(わずか)に二十余年によりならざれども、家屋抔(など)頗る立派にて 四階五階に建てならべ、遊歩場、博物園、芝居等もありて 田舎とは上思(おもわれず)。 此の地は 近傍に、ジブラルタの金銀山多き故、渡世の為め支那人多く来り住し、既に一街をなせり。 其風俗 頗る卑劣にして 恥を知らず、誠に厭ふべし。 嗚呼 堂々中国聖人の所生、如何に此の甚きに到る哉。
 市中より、三里ばかり 隔りたる所に、名高き絶景の地あり、大抵 日本の和歌の浦に似たり。 馬車に乗り、此地に遊び、蛮酒を傾け、頗る愉快なりし。 此の海浜に魚あり、シイルと云、日本北海道のアザラシと云ふものに似たり。 千も万も岩に乗り、眠るあり 動くあり、石を投れば、尽く水中に没す。 日本にては未だ不見(みず)、イヤラシキものなり。
 十二月晦(みそか、末日)、乗 蒸気車、サンフランシスコを発す。
 蒸気車は、初に一つ、蒸気機関をしかけたる車ありて、此車にて客を載せたる車を五つも六つも引くなり。 車のつくりは、種々ありと雖(いえど)も、大同小異にて、望一の乗りし車は、横一間半たらずにて、長さ五間計也。 内にて臥床、椅子よりして、玻璃鏡は元より、盥漱の具、便所等 尽く備り、書見の所、音楽の器まであり、夜は燈を点し、昼の如し。 一時間に、遅き時は二十里、早き時は五六十里を相走り、身 恰(あたか)も翼の生えし心持にて、愉快 不可言(いうべからず)
 元来、此度 望一の通りし道は 四五年前 開けし物にて、亜米利加の西の海浜より東の海浜まで 一千五百里の間、横につきゝり、鉄道を掛けしなり。 鉄道とは 右(上記)蒸気車の通る道へ、車両の載る処に二條の鉄を引きしにて、其費の広大なる思ふべし。 此の一千五百里を七昼夜にて通すなり。 此間は 多くは山にて、種々の風景 筆紙に尽しがたし。
 山中に土人ありて、面(かお)を朱にぬり、往来に出て食を乞ふ、 日本の乞児の如し。 之は日本足利時代、コロンブスと云ふ人、初めて亜米利加を見出せし以前より、 様国このくにに住む民にて、欧羅巴人と交はる事を嫌ひ、教化に不染(染まらず)、段々山中に逃込み、今日に至ても、如此(此の如き)姿なり、 実に 夷狄禽獣とも云ふべし。

 ニウヨルク  (訳字 新約克にうよるく
 此地は、米国第一の繁華にして、凡そ世界にて人民の多き、清の燕京、英の龍動、日本の江戸、米のニウヨルクと云ふ処なり。 都城には非れども、日本にて縦令(たと)ふれば、大阪とも云ふべき地なり。 家屋の壮麗、街衢の清潔、芝居などの立派なる、実に驚嘆せり。 且つ巨商多き故、人々美服にて、馬車の往来 如織(おるがごとし)、宿屋なども大理石にて、六階七階に建し家 いくらも有りて、龍動、巴里斯にも不恥(恥じざる)位也。 此地より蒸気車にて、華盛頓(Washington,ワシントン、アメリカ合衆国の首都)に至る。

 ワシントン
 此地は、米の首府なれども、ニウヨルクに比すれば、頗る蕭索にて、家屋も壮麗ならず、士女も雑踏せず、風趣 閑雅、自ら徳化の象あり。 猶 西京と、大阪の如きなり。
 辛未(明治4年、1871年)正月十四日、大統領に面会す。 元来 此の国は天子なく、大統領とて、入札の人選にて四年交代の、輪番もちの政治なり。 大共和政事とて、西洋には、多くあり。 扨(さて)、右大統領面会の式は、頗る淡薄なる者にて、玄関まで馬車にて行けり。 車を下り、二間計 奥に入り、大統領の出るを待ち、暫くして大統領夫妻、及 外務卿 其外、高官の役人四五人、いづれも夫婦づれ、或は娘を伴ひ、出て列立す。 扨、外務卿、望一等諸人の名を、順々に呼ぶ。 則ち 進んで、大統領の前に到り、互に手を執り、長揖して故座に復す。 其後 更に進んで、諸役人及細君等にあいさつし、座敷など見物、閑談する事 暫く、是にて しまひ也。 日本への異人参内等は、大に事変れり。 其 外飾なきさま、真に悦ぶべし。 総て米人は、英吉利などの如く、虚喝を用ひず、各其国を愛し、一種 可嘉(よみすべき)風俗あり。
 右大統領の邸は 役宅にて 左まで立派ならず、婦人衣服なども 質素なる者なり。 家来なども二三人より見えざりし。 且つ 我々面会の時も 新聞紙屋其席に来り、互に談話の次第を書認め、明朝 已に売出せり。 其淡薄 可想。 右 大統領の役料は 一ヶ年 日本の一万五六千両に当ると云ふ。

 議政堂
 ワシントン第一の壮観なり。 紫宸殿を四つばかり重ねし位の者にて、階其外の諸具は、総てロウ石なり。 柱は鉄にして、まはり四尺計あり。 天下の書を集めたれども、火災の憂なく、議政所は二つに分れ、上下両院あり。 上に副統領、是に長として事を議し、下は別に議長ありて之を統す。 望一の行きしは、幸、議事の最中にて、頗る妙なり。 然れども 米語は不解(わからず)、遺恨 不少(すくなからず)



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