らんだむ書籍館


南條文雄 「航西詩稿」


表紙




目 次

 航西詩稿序 美濃大垣 藤陰老人
   (関藤藤陰 頼山陽門下,福山藩儒)
 航西詩稿序 海鴎 菱田重禧
 同 小栗栖香頂
 題詩詞 茶陵 陳遠済、(他八氏)
 読児文雄洋行日記 渓英順
 題航西詩稿 渓良順
 兄弟 賀文雄弟帰朝
 同自賀 碩果・南條文雄

 (詩稿本文)
 書航西詩稿後 青萊生(末松謙澄)




 明治 26 (1893) 年 5月。
 発行兼印刷者 池田謙吉(愛知県名古屋市)。
 活版印刷、線装、63丁。
 縦:24cm、横:15cm。



 南條 文雄 (なんじょう・ぶんゆう、嘉永2(1849)~昭和2(1927)、号・碩果)は、真宗・大谷派の学僧で、西欧における仏教原典の研究に 一早く接した人である。
「本文の一部紹介」 としては、詩稿本文の先行部分の詩を七首ほど 掲げることとする。 (なお、これらに続く詩の中にある 「林研海国手を哭す」という七言律詩一首については、 亀山聿三・編 「敬宇中村先生碑文集」 (近代先哲碑文集 、 1973年刊) 中で紹介した。)
 この当館所蔵書は、著者・南條文雄が 天尊居士なる人物に贈呈したものらしく、見返しには、自作の詩(七言絶句)を添えた達筆の献辞が記されている。 紹介文の最後に、その献辞の写真と読み下し文を掲げる。



本文の一部紹介


   航西詩稿
碩果 南條文雄 自選     


 香港 (明治九(1876)年六月十四日 日本を発す。 二十日 舟は香港に達するも、留りて廿四日に到る。)

海門晴日蘸鯨濤   海門(海港)の晴日 蘸鯨(山のような・くじらのような)の濤(なみ)
去向港楼呼酒槽   去て港楼に向ひ 酒槽を呼(もとむる※)
一路疑身在郷國   一路 疑ふらくは 身は郷國(ふるさと、日本)に在るかと
領事館外旭旗高   領事館外 旭旗(日章旗) 高し
  ※酒を購求したということか

 柴棍(Saigon,サイゴン) (六月廿八日)

笄櫛無須土俗姿   笄櫛(髪飾り) 無く すべからく土俗の姿
火船留処聚如蟻   火船(蒸気船) 留まる処 聚(あつ)まりて蟻の如し
夫妻束髪歯同黒   夫妻 束髪し 歯は同(とも)に黒し
小艇為家育数児   小艇 家と為し 数児を育てり


 発柴棍     柴棍を発す  (六月廿九日)

水足平田将挿秧   水 足りて 平田 将に 秧(なえ)を挿(うえ)るべし
夾舟涯樹更蒼々   舟を夾(はさ)む 涯(きしべ)の樹 更に蒼々
瀾滄元是一衣帯   瀾(おおなみ)・滄(うなばら)もと これ一衣帯
坐覚風光似故郷   坐して覚ゆ 風光の故郷に似たるを


 新嘉坡(Singapore,シンガポール)(七月一日)

兩々黒奴飛小舟   両々の黒奴(二手に分かれた 日焼けした男達)小舟を飛(はし)らす
靑銭擲処忽軽投   靑銭(銅貨)(投)ぐる処 忽ち軽投(水中に身を投ずる)
水中知是龍争玉   水中に知る 是れ 龍の玉を争うを
上決輸贏上敢浮   輸贏(勝敗)の決せざれば 敢て浮かばず


 蘇士(Suez,スエズ)新運河  (七月二十五日)

精神一到事皆成   精神一到 事は皆(みな)成り
無水之間舟行可   無水の間 舟の行くこと 可なり
二十餘年疏鑿業   二十余年 疏鑿(掘削・開通)の業
尽従烈氏寸心生   尽(ことごと)く 烈氏(※)の寸心より生じたり
 ※ レセップス( Ferdinand Marie de Lesseps,1805~1894)


 達馬耳塞港 題寄父母書後
 馬耳塞(Marseille,マルセーユ)港に達し 父母に寄せたる書の後に題す (八月一日)

客身無計慰慈親   客身 慈親を慰むるの計 無し
児出横浜正五旬   児(私) 横浜を出でて五旬(五十日)
馬港裁書問安否   馬港の裁書(このマルセーユ港から発信する手紙で)安否を問う
要知天外亦如隣   要(まこと) に知る 天外も亦た隣の如きを


 英京太陽日(※)市上所見 ※英京は London であるが、太陽日とは、"Sunday"に対する初期の訳語で、日曜日のこと。

街衢閉戸日升遅   街衢 戸を閉ざし 日升(日昇)遅し
知是満城朝拝時   知る 是れ 満城 朝拝の時
断続鐘声多少寺   断続たる鐘声 多少(多く)の寺
人々皆挟教書之   人々は皆 教書(聖書)を挟(わきばさ)みて之(ゆ)



〔参考〕 献 辞


緑水青山南浦秋
 緑水 青山 南浦の秋

風光如畫入吟眸
 風光 画の如く 吟眸に入り

旬餘跋渉総常野
 旬余(十日余り)総常(上総や常陸)の野を跋渉するも

又作軽舟半日遊
 また 軽舟にて半日の遊を作(な)せり

 庚子(明治33年、1900年、文雄51歳)九月十六日 土浦より銚子港に到る舟中にて偶作し、天尊居士の甚正を乞ふ。
 碩果生 文雄。






「らんだむ書籍館 ホーム」 に戻る。