クルーズに出て1ヶ月経ってみると、色々誤解があったことが分かる。
1.一番の誤解は、クルーズを旅行手段と考えていたことだった。観光地から観光地に行く移動手段としては飛行機より遅いから、退屈しないように船上で色々イベントがある、という認識は間違っていた。クルーズは船上生活そのものを楽しむものであって、楽しみ方の一つのオプションとして下船観光も含まれるというのが正しい認識だ。実際寄港しても下船しない人も多く、「今日は下船しましたか?」という会話がよく行われる。下船しないで何の楽しみがあるかと私などは思ってしまうのだが。
2.船上では時間を持て余すだろうと、退屈せぬよう読み物・書き物を準備してきたが、一向に進まない。意図した自己再発見の旅にもなっていない。「船上生活を楽しむ」ことを目的に全てが準備されているから、航海だけの日でも結構忙しい。具体的には毎日レターサイズ6頁のニュースレターが届き、寄港地に関連してRaffles氏の業績とか、時期に関連してApril Foolの歴史とかの興味ある読み物の他に、売店での今日の特売、Casinoでの催し、乗客参加企画の募集などのお知らせがあり、また今日一日の企画一覧が1件1行で1.5頁にわたってある。人気がある企画は毎日2-3件ある講演で、一流の講師をそのために招致しているから面白い。
飛行機は「出来るだけのことはするけどしばらくの時間我慢してね」が本音だろうが、船は「今を楽しんでね」だから退屈させるような船会社は生き残れない訳だ。
3.船には一等客二等客などの身分差別が厳然とあって、利用可能施設も違う、というのが私の常識だった。日本のフェリーや大島航路だってそうだから。欧州のクルーズ船ではまだ等級のある船もあるらしいが、民主主義の国米国の船は全く平等だった。申込みの際資料からは読み取れなかったが万一料金で差別されては嫌だから少し高めの部屋を申し込んだが、これは無駄な配慮だった。ホテルと同様、Suiteと呼ばれる少数の大きめの部屋は高く、同じ部屋なら展望の良い上階の方が高いが、それだけのことで後は全く平等だ。反ってベテランは、成るべく下の階で長手方向の中央の並の部屋を選ぶものらしい。その位置は揺れが最も少なく、また部屋を出れば全く平等に広い共通スペースが使えるから、Suiteで高い金を払うより2度クルーズした方が賢明という判断だ。
4.船は世界一周するのだから乗客も世界一周するのが普通だろうと思ったのが誤解だった。一周する人も多いが、面白そうな一部分だけつまみ食いする人の方が多い。大体ノッケから世界一周する人も我々のように2/3周もの長旅をする人も少なくて、「初心者」は1週間や10日の旅から始めるものらしい。そのためには米国からはるばる香港に飛んで船に乗りSingaporeとかCape Townからまた米国に飛んで帰る人も少なくない。船会社もそういう飛行機代を補助している。
5.暇ができてしかも体が元気なうちでないと出来ないから、この2つの不等号の間に入った今クルーズしたいという考えだったが、これが誤解だった。驚くほど元気な老人も多いが、車椅子や歩くのもままならぬ人も少なくない。クルーズをCare Houseと考える人達もいる。体が弱って飛行機が無理になったらクルーズだというのが正しい認識だ。
6.ワイフの嘆きは「あのジャケット(ネックレス)さえ持ってきていたらここでピッタリ似合うのに」である。飛行機の旅に比べれば随分とワイフの衣装・装飾品を持ち込んだのだが、それでも自ずと自制心が働いていた。ところが船に乗ってみると女性は特にオシャレするので、レパートリの制限が恨みの種になるらしい。もっとも今の倍持ち込んだとしても同じ恨み節になるのではないかと私は洞察している。私は伊勢丹で「正式な」黒いTuxedoを作って来たのだが、ここのTuxedoは白だったりピンクだったり勝手放題だ。なお飛行機の旅と異なり衣装も寄港地で買い求めることができる。日本以外で買えばはるかに安い。
以上のように色々な思い違いもあったが、それはそれで経験だ。なお経験には将来必ずしも活かせない経験もある。 以上