うつせみ 
2002年 3月 4日
            老人パワー

 私は潜在意識の中で誤解していたようだ。クルーズというものは、観光地から観光地に行く間に飛行機と違って時間が掛かるから退屈しないように船上で様々な趣向があるという理解が私にはあった。これはどうも違うらしい。クルーズというものは、そもそも船上ライフを楽しむものであって、船上の各種催しと並んで陸上の観光もオプションの一つとして提供されているという理解でないと矛盾が生じる。折角寄航しても観光の時間は比較的限られていて、下船しない乗客もかなり居る。港に着いたら喜んで出来るだけ歩き回るのが私の心理構造だが、「昨日は下船したか?どうだった?」と尋ねられたりするとキョトンとしてしまう。

 船では毎日朝刊と夕刊が発行され各部屋に届けられる。朝刊には世界のニュース、といっても米人に興味のある内容がレター版8頁にまとめられている。例えば今日のトップニュースは米国がアフガニスタン山地でタリバンを攻撃したというニュースだった。夕刊は翌日の寄港地の紹介や、売店の特売ニュースや、Dress Code(CasualとかFormalとか)などがレター版6頁に盛られているが、内1〜1.5頁は一日の催しが1行ずつ記入されている。毎日数十件の催しがある。カトリックの礼拝、ユダヤ教の礼拝、エアロビックス、コンピュータ教室、料理教室、講演、複数の音楽演奏、映画、公演、社交ダンス、ブリッジなどなど。船で退屈することを恐れて二三準備してきた書き物や読み物もあるのだが、一向に進まない。それほどやることが色々あるということだ。

 ではどういう人が乗客になっているかというと、お金持ちの引退者夫妻だ。従って平均年齢は70歳の辺りだろうか。乗客名簿を分析してみた。まずこの船は定員490名だが、9.11事件以来の旅客減少で私の勘定では217人しか乗客は乗っていない。そのうち米人が82.5%だ。世界的にクルーズ客の80%は米人だというから話は合っている。外国人では英8人、加8人、日8人(我々2人と、東京香港間に乗る6人のグループ)、スイス5人などだ。米人では、FloridaとCaliforniaが等しく217人の24.4%を占め、Arizona, South Carolina, Texasのような暖かい州が2-3%ずつ、後はNew YorkやNew Jerseyのような人口の多い州も含めて各州1%前後である。なお博士が4%に達する。明らかに引退人口であることが地域分布からも分かる。車椅子の人も杖を持つ人も、ヨボヨボの人も少なくないが、あんなに不自由でも世界旅行をしようという意欲があるんだ、と逆に励まされる。一方では91歳の単身女性が杖も付添いもなく歩いていたり、仕事が欲しくて会社を一つ買ったという88歳の単身男性が居たり、老人パワー満開である。みな滅法金持ちだ。寄港地のショッピングセンタでは金に糸目をつけない買いっぷりを見せる。普通の米人が極めて買い物にケチなのとは一線を画す。それに我々はクルーズは初めてですと言うと驚かれる。初めてという人にまだ出会ったことがない。この前夕食で同席した我々と同い年の夫妻は、これが50回目のクルーズで2回目の世界一周だと言った。このクルーズの全行程は105日の世界一周だが20日前後の5つのSegmentから構成されそれぞれ販売される。そのSegmentを数えて50回という意味と分かったが、それにしてもベテランである。彼の言うには今回の乗客には70回を数える人も居るとのこと。要するにリピータが圧倒的に多い訳だ。中には2億円ほどで船の1室を何年間か貸し切って好きなときに乗る人も居るそうだ。

 ベテランなら好都合と、彼にこのクルーズの評価を聞いたら One of the bestという答だった。我々は運がいい。彼によるとこの船Seven Seas Navigatorと、日本郵船のCrystal Harmony号が世界のBestだという。別の日本人ベテランの解説によると、日本で有名な客船「飛鳥」は、世界一周に出ても日本社会をそっくり船に乗せて行くので国内旅行の延長であるのに対して、Crystal Harmonyはそもそも米国に母港を置き、スタフも日本人は少ないから米船のようなものだとのこと。飛鳥とCrystal Harmonyは狙う客筋が全く異なり、相互乗り入れは不可能だとの解説だった。

 若い人に元気を貰うということはよくあることだが、ここでは老人パワーの年長者に元気を貰う。我々もまだまだ元気でやっていこう。 以上