うつせみ 
1996年 4月 7日

            百武彗星

 巨大な百武彗星が来るとニュースで聞いて本屋に駆けつけたが、既に天文雑誌は売り切れていた 。写真を撮ろうとASA3200の高感度フィルムを買って3月23日(土)の週末に備えたが、土日とも星一つ見えなかった。

 最接近日3月25日(月)に会社から八王子の最寄駅に降り立っと、田舎駅ながら周囲の照明が明る過ぎて星といえば宵の明星くらいしか見えなかった。ところが自宅に着いてふと見上げると雲の合間から星が見えるではないか。色めきたって北の空を見上げると、居た居た! 雲で見え隠れする北斗七星と北極星の中間に彗星特有の輪郭がボヤけた光があった。肉眼でもこんなに明るく見える彗星はさすがに初めてである。双眼鏡を合わせるのももどかしくワイフと交互に覗き、尾が右上に伸びているのを確認した。その間にも雲は流れ、 彗星は間もなく隠れてしまった。この様子ならまた雲が切れるだろうし写真撮影のチャンスもあるだろうと楽観して、以後二度三度家から外に出てみたが、その度に雲は濃くなり、遂には絶望的になってしまった。結果的には最高の好機に見たことになる。

 まあいいさ、今日ばかりじゃないし、と思ったのだが、以降毎晩曇りや 雨ばかりの夜が続いた。 なお悪いことに、上弦の月が段々大きくなり、雲や春霞を照らすから、とても星が見える条件ではない。

 しかし3月31日(日)の朝は快晴であった。東雲前に起床していれば月も沈んで絶好の観測条件だったことは理解したが、生憎晴れているか否かを調べるために3時頃一旦起き出して駄目ならまた寝 るような芸当の持ち主ではない。ワイフは再度寝入ることができる天才であるが、寒がりときているから頼む訳にもいかぬ。でも快晴なら夕方を期待しようと思ったのだが、案の定夜は雨がパラつく天気になってしまった。

 ふと思い付いた。Internetのどこかに百武彗星の写真が出ているのではないか。せめてそれを見ることとしよう。Yellow Page付録の索引 Floppy でScience & Cometを引いてみて、米大学協会が運営しているNational Optical Astronomy Observatories の www.noao.edu/noao.html/ を引いてみた。そこに百武彗星写真集があり、更に NASA の JPL=Jet Propulsion Lab のComet Observation Home Page の www.encke.jpl.nasa.gov/ index.htmlにもつながっていた。いやあ、あるある! とても見切れない。 米国は勿論、豪州、仏国、ノルウェーなど全世界からの写真が1ー2日遅れで掲載されている 。天気の良い国が多いことよ。

 天文台が撮る写真は彗星の頭の部分を画面一杯に撮影している。更に明る過ぎる中心の光度を幾らか引き算した上で False Color と称して明るさに応じて異なる色を付けたものが多い。研究の焦点が頭にあることは充分理解できるし、False Color もグラフィックデザインとしては美しい。 しかし素人目には彗星の感じがしない。むしろアマチュアが撮った写真が尾を撮ってくれていて嬉しい。California の Bob Yen という人が、南の乾燥地帯特有の Joshua Tree を前景に入れて撮った長い尾の写真が一番気に入った 。Californiaは曇も少なく空も暗いのであろう。 羨ましい。

 4月3日(水)に帰宅してみると、宵の明星が明るく光っていた。このくらいなら彗星も見えるかと期待した。しかし以前よりも仰角が低くなっているから自宅では無理と考え、近くの峠道までワ イフと車で出かけた。いつも人通りのほとんど無い道なのに人も車も数組詰め掛けている。春霞が 月光に照らされて全体的に明るい上に、地平線に近い辺りは霞も濃く地上の明かりの乱反射もあって、星一つ肉眼では見えないが、ここぞと思う辺りに双眼鏡を向けると、ドンピシャリ彗星の光が あった。当然尾までは見えないから写真撮影はまず諦めた。ちょっと目を離すと再び見つけるのが 大変なほどの淡い姿であった。得意になって周囲 の人に教えてあげた。

 4月5日(金)も同様な夜だったので同じ場所に 行ってみたが、帰宅が遅 すぎてもう地平線に入っ てしまったか、地平線に近すぎたかで姿は見えな かった。Internetを見ると、March 31, Farewell Imageとか、April 3 Farewell Image とか表示されるようになってしまったから、もうこの辺りでお別れなのであろう。結局2回見ただけであった。      以上