テクノうつせみ
1998年12月28日

            Fermatの定理

 1993年に東芝の管理者ノートに「Fermatの定理」という一文を書いた。(3の二乗) + (4の二乗) = (5の二乗)はピタゴラスの定理だが、二乗の時は(3,4,5)のような整数の組は(5,12,13)でも(8,15,17)でも幾らでも見付かるが、三乗以上ではこういう整数の組は無いというのが1637年頃仏数学者 Pierre de Fermatが主張し部分的に証明された定理だが、一般証明は世界中の数学者の努力にも拘わらず3世紀半もなされなかった。

 1993年6月にPrinceton大学の Andrew Wiles教授がこの一般証明を劇的に発表した。出身校の英Cambridge大で行われたセミナーに招かれ、1時間x3日の講義を要求し、Fermatのフェの字も言及せずに淡々と理論を積み重ね、最後に「故にFermatの定理は証明された」と言って講義を終えたと東芝の米田英一氏から聞いた。「世紀の発表をした教授のかくも謙虚な態度を見よ」と米田氏、「数学の真理はPRしなくても真理だから」と私、「それにしても真理が無いのにPRだけの人が多いことよ」と共に慨嘆した話を管理者ノートに書き、中身のない管理者の罪をあげつらった。

 実はこの時の証明には欠陥が発見され、Wiles教授は一転失意の底に落ち込んだ。何とか修復しようとして果たさず、諦めて駄目だった経緯を報告する論文を書くつもりで見直した1994年9月に突然「岩沢理論」(これ何?)で修復できることに気付き翌年公表したというオチが付く。

 最近次のペーパバック本を入手し2日間惹き込まれて読破した。
     Fermat's Last Theorem, Amir D. Aczel, 147頁, $ 6.95
     Four Walls Eight Windows出版(New York/London)
Fermatの定理に取り組んだ数学者の葛藤を描いた臨場感が面白かった。

 私が教養学部で習った若き志村五郎助教授がWilesの証明に関係したことを知った。東芝の天羽氏と一中一高で同級のピカイチという志村氏は、解析幾何の講座で行列、テンソルを講義する羊頭狗肉が恥ずかしかったようで「これは本当に初歩の初歩です」と何度も言い訳した。行列の乗算の説明など「この行とこの列の積和をとります」とものの30秒も掛からなかった。自分程度の秀才を退屈させぬようにとの気遣いだったと思うが、恥ずかしながら初耳の私はその唐突さにあっけに取られた。それでも試験怖さに何とかノートを解読し追いついた苦労が身に付き、後に私が行列の固有値を利用した回路理論を構築して博士論文を書いた基礎となった。

 志村氏は1年後輩の谷山豊氏と整数論で切磋琢磨し、1955年に日光で国際学会を開きChicago大の仏数学者Andre Weil教授などを招待した。この席で谷山氏は「有理数上の楕円関数曲線はモジュラ」(これ以上聞かないで!)という「谷山仮説」を提唱した。米Princeton大に移った志村氏は、谷山氏の自殺の後この仮説の一部誤りを正し「志村−谷山仮説」を提示したが、当初は終始冷笑していたWeil教授はこれを「Weil仮説」、後に「Weil−谷山仮説」と詐称し決して「志村」とは言わなかったという。

 Heidelberg大出身の独Gerhard Frey教授は1984年に、無関係に見えた二領域を結びつけ「志村−谷山仮説が真ならFermatの定理は真」という仮説を立てた。米BerkeleyのKen Ribet教授は、最初ジョークかと思ったこの仮説に惹かれ、1986年訪独中にその証明への重要な発見をした。米帰国後「証明間近ですがあと一歩がなかなか」と助言を求めた恩師は資料をじっと見て「いやこれで証明出来てるじゃないか」と言ったとか。

 英Cambridge大で「岩沢理論」を極めたPrinceton大 Andrew Wiles教授は、「Fermatの定理が偽ならRibetの証明により志村−谷山仮説も偽。志村−谷山仮説を証明すればFermatの定理が証明できる」と取り組んだが、その意図を他人に悟られると雑音が入り業績を我が物にされ先を越されるリスクがあると考え、全く秘密裏に7年間独学を続けた。当初専門の「岩沢理論」でいけると見当をつけたが行き詰まり、絶対秘密を頼んで同僚の教授二人にアイディアと検証を依頼して別の方法で進んた。1993年に英Cambridge大で証明を発表してからは上記の通りである。

 この時Fermatのフェの字も言わずに淡々と講義した理由は、謙虚もさることながら警戒心も強かったようだ。持てる者の悩みである。  以上