うつせみ
1999年 3月28日

            不況の真因

 先頃山本英孝氏に教えて頂いたWeb Siteを久し振りに開いて驚いた。
     http://web.mit.edu/krugman
にはMITの経済学教授Krugman氏の論文が満載である。驚いたことにそこに日本経済に関する教授の論文集が出来ていた。教授にとって「ロシアでもインドネシアでもない、力も秩序もある日本がなぜ不況から抜け出せないのか」は経済学者の大きな学術的テーマであり、これが解けないで何の経済学か、明日は米国の姿かも知れないではないか、それにも拘わらず世の経済学者は皮相的な議論しかしていない、という強い思いがあるらしい。休日に主な論文を判読して教授の論旨を次のように理解した。

 日本で進む老齢化社会は貯蓄指向となる。Keynes理論によれば、国の貯蓄総額が望ましい投資総額を下回ればインフレに、上回ればデフレになる。よって日本はデフレに入った。これを救うには(日銀が国債を引き受けて、とは書いてないが)制御されたインフレしかない。年間目標インフレ率を公示してはどうか。日本の金利はゼロになってしまったが、インフレにすれば実質金利はマイナスになる。すると貯蓄が制約されてデフレから抜け出せる。日銀は既にその舵をとった。という論旨らしい。ユニークなKrugman教授らしい見識で、素人には成る程と思えてしまう。

 日本では収入減にも拘わらず貯蓄額が増加しているというニュースを最近聞いたばかりだ。消費が減り、低価格指向が強まっていることは日常体験である。昔は買える時に買っておかないと将来はもっと高くなるという恐れがあったが、今はそのうちもっと安くなると期待できることが多い。だから買い換え期間が伸びている。

 先日珍しく乗ったタクシーの運転手から面白い話を聞いた。客を乗せて昨今社用族激減で敬遠していた銀座に久し振りに行った帰りに、運良く社用族を乗せた。タクシーに送り込んだ客に営業マンが「これはお車代で」と現ナマを渡した(正統的な営業マンじゃないな)。それを運転手が横目で見ると1万円札が2枚あった。すっかりそれを貰ったつもりの運転手に件の客の曰く、「じゃ東京駅までやってくれ」。この2万円が奥様へのブラウス等のプレゼントにならなかったとしたら、経済学的には多分貯蓄に回ってしまったのであろう。

 不況になってタクシーが拾い易くなり、ゴルフキャディーの美人度が向上した。先日乗った九州行きのJALで感じたのだが、スチュアデスも美人になった。サービスまでよくなったのは多分Sky Markのお陰とは思うが。消費者としては結構な話だが、消費者はみな供給者として消費の原資を得ている。供給者としてはデフレ現象に他ならない。

 しかし老齢化は今始まった訳ではない。消費抑制・貯蓄増加の主因は、Krugman教授に教えたいくらいだが、日本人が戦後の混乱以来初めて将来に不安を抱いたことである。真面目に働いてさえいれば失職の心配はなく、しかも年々定期昇給がある、という揺るぎ無いかに見えた前提が崩れたからである。失業率が日米ほぼ拮抗していると言っても、10%から下がった米国と、2.5%から上がった日本では意味が違う。米国の社員はもともと会社を頼りにはしておらず、失職のリスクは織り込み済みである。

 ではなぜ日本のサラリーマンの前提が崩れてしまったのか? ガッチリ出来上がっていた日本流の経済の仕組みが崩れたからである。証券会社や銀行は護送船団方式でいけるはずだった。建設業界も官公需業界も「業界秩序」がある限り安泰のはずだった。なぜその路線で行けなかったのか? 一つには日米構造協議に代表される外圧、一つには経済のGlobal化である。鎖国して世界の田舎に陥るより外資に日本で活躍して貰うWimbledon効果を望めば、ルールの国際化つまり米国化が必要になった。歴史的必然ではあるが、どちらの原因も米国発である。

 しかしである。共産主義の凋落が歴史の必然だったとしても、変革を急いだロシアと、矛盾を秘めつつもブレーキとアクセルを踏み分けている中国の勝負は明らかである。もしかしたら日本は、ロシアと同様変革を急ぎ過ぎたのかも知れない。今までそう考えたことも無かったが。  以上