うつせみ
2001年 1月 8日

        なぜ欧米文化が世界を制覇したか?

 インパクトのある本に出会った。Guns, Germs, and Steel(Jared Diamond; 1997; W.W. Norton & Co.; 480p; $ 15.95)「銃・病原菌・鉄 1万3000年にわたる人類史の謎」(上下2巻各\1,900; 2000/9/1; 草思社)である。朝日新聞の天声人語欄で和訳本に言及があり、Amazonから原書を取り寄せた。UCLA医学部の生理学教授の著者は、なぜ先進国と後進国ができてしまったかの視点から人類の歴史を科学的手法で分析証明している。表題は先進民族が後進民族を圧倒したツール3点セットを示す。

 或る時New Guiniaの政治家から、「なぜ欧米は先進国でわが国は遅れたのかね?」と問われたのを契機として研究し、この本を書いたという。  まず原始生活に近いNew Guiniaの原住民と先進国民を比べると、New Guiniaの方がIQが高いそうだ。知能が高くないと結婚も生存も出来ない環境下で適者選別が進む。またテレビを受動的に見て育つ幼児と、危険と興奮に満ちた中で育つ幼児とどちらが賢くなるかと問うている。

 人類は狩猟採取から或る時農業(家畜牧畜を含む)に移行した。無数の動植物の中で農業に適し家畜になるものはごく少数だという。メソポタミアでは麦の原種を採取するうちに無意識に品種改良が進んだ。南北米州にはこの麦の原種は無く、トウモロコシの原種が改良されたが、後者の方が改良に時間が掛かり、なかなか農業が普及しなかった。New Guiniaを含む豪州と米州は家畜にも恵まれなかった。狩猟時代の人間が食ってしまったらしい。農作物や家畜になる動植物が飛びぬけて多かったのが欧亜大陸である。メソポタミアや中国に農業が生まれると、東西に広い欧亜大陸では気候の類似した東西に拡散普及したが、北米東部に発生した農業は南北にはあまり拡散せず、孤立した豪州にはどこからも拡散して来なかった。

 農業が生まれると狩猟採取生活の10倍乃至100倍の人口を養うことが出来る。人口増の結果、王や貴族のような特権階級を食わせる余裕が生じて国家が生まれ、土器職人や兵隊のような専門職が誕生して文明は進歩し戦争にも強くなり、周囲を圧倒していく。鉄も銃も専門職から生まれた。

 人類史上の疫病は尽く家畜の病原菌が進化して人間に乗り移ったもので、いわば農業病だそうだ。中国の豚の寄与分が大きいという。しかも人間が死に絶えると病原菌も絶滅するから、或る程度以上の人口集中がないと病原菌は流行ることができない。農業による人口増加と、国家の発達による都市化が病原菌の進化を支えてきた。こうした試練に生き残った民族が孤立部落で狩猟採取をしてきた未開民族に接すると、病原菌は燎原の火のように広がり、豪州でも南北米州でも先住民の90数%が戦わずして死滅した。つまり「銃・病原菌・鉄」が先住民を駆逐した。

 もし1万年前に欧亜大陸と豪州の住民をスワップしたら、恵まれた環境で農業を発達させたAborigineが欧亜大陸と米州を制覇し、白人は豪州で狩猟採取生活を続け今頃は絶滅の危機に瀕しているはずという。

 いち早く文明を発達させた中国がなぜ欧州列強の植民地になってたかという分析がユニークだ。欧州より地形に恵まれ統一国家が形成し易かった中国では早く文明が発達したが、逆に為政者が保身のために保守反動的になると国の進歩が止ってしまう。文化革命で数年間学校を閉鎖したような愚が歴史上何度もあった。欧州は常に分裂していたからこそ、コロンブスは遂に後援者を見付け得たのと対照的である。中国のように統一が進み過ぎても、印度のように統一が無くても文明は滞る。中間の欧州が偶々最適だったという。同様に早くから文明を発達させたメソポタミアは、文明のために森を切り尽くし砂漠化して滅びた。欧州は少々森を切っても再生するだけの気候に恵まれていたから幸運だったとのこと。結局、気候・動植物や文明の流通環境に恵まれた民族が他を駆逐・支配した歴史らしい。

 なおGerman大移動は習ったが、前30世紀から10世紀に南中国系民族が台湾から、豚と鶏をOutrigger(転覆防止の丸太を横に張り出した丸木舟)に乗せて太平洋の島々に植民し、PhilippinesからIndonesiaに至り、Aborigine系の先住民を駆逐してMadagascarからEaster島までを制覇(豪州・New Guiniaを除く)した民族大移動は習わなかったなあ。  以上