うつせみ
1997年 2月25日

             4度目のHale-Bopp彗星

 Hale-Bopp彗星を4回も見てしまった。物好きという他はない。1度目は既報通り2月9日3:30 - 4:30 amに清里の山の零下6度の県営八ヶ岳牧場まで行って見た。肉眼では輪郭のぼやけた星が、双眼鏡では燃えるマッチの頭の形をした核の周りのガスが、100 mmの望遠鏡では直線的な尾も微かに見えた。135 mmのレンズとコニカのASA3200で、30秒前後で色々露出を変えて24枚撮影したのだが結局尾は写らなかった。30秒では尾は露出不足で、まさかの120秒では追尾モータなしで撮影したため地球の回転で像がずれ尾が重ならなかったから露出不足になった。

 八王子でも見えないものかと考えた。もう夫婦の義務を果たしたからと消極的なワイフを残して、息子を早朝に起こして昼間見当をつけておいた少し離れた公園の丘に車で登った。角度的には良い位置で肉眼でも彗星はよく見える。しかし公園の街灯が邪魔になり、また八王子から見る東の空は丁度東京の街の灯の上なので夜明け前だというのに青空が見える始末で、微かな青い尾など見えるはずもない。写真は諦め核と周辺のガスを双眼鏡で楽しんだ。自宅に帰りまだ暖かいであろう寝床に戻るはずだったが、ふと気付くと自宅前でも街灯の合間から彗星が見えるではないか。近くの山ならもっとよく見えるはずと登ってみた。夜明け前の青空は変わらないが街灯が無い分だけよく見えて、燃えるマッチの頭が幻想的に見えた。

 次の週末は天気が悪く、星は見えないと諦めた。月なしに彗星が観測できる最終日が近づいてから思い直して、駄目モトでやはり八王子で写真を撮って見ようかと考えた。追尾装置が八王子にはないので望遠レンズでは駄目だが、広角レンズで三脚を立てれば撮れるのではないかと気付いた。2月19日夜は天気が良かったので20日に早起きした。今度は誰も付き合ってくれる人もなく、独りで夜明け前に自宅近くの山に登り、真っ赤に沈んでいく月を見送りながら2本目のASA3200を半分使って彗星を撮影した。八王子の夜明け前は幸い零度前後だった。

 再びの週末、もう一度八ヶ岳で見てやろうと、平均温度を6度下回る珍しい冷え込みの22日の中央高速を飛ばした。甲府から東は良い天気なのだが、八ヶ岳は雪雲に覆われ、豊科から長野にかけてチェイン規制と、心配な天気だったが、近づくにつれて天気は回復した。しかし山は雪に覆われているように見えたので、偵察のため大泉から八ヶ岳横断道路に登ってみた。登るに従って雪は深くなり、柳生博氏経営の八ヶ岳倶楽部ではもはや路面が見えなくなり、横断道路上はかなりの雪量であった。雪道を夜明け前に運転するのは気が進まないので、八ヶ岳南端は小淵沢周辺のもっと標高の低い所で東が開けた場所はないか色々探し回り、やっと或る農場を見付けた。富士山の方角から推測して彗星は見えると考えた。

 3:45 amに起床し夜空を見上げると幸い晴れている。ただ予報通り満月に近い月が煌煌と照っている。ともかく今度は決心を固めたワイフを起こし、気温零下16度の表示を車内で見ながら現場に4:20 amに到着したら標高が下がったのと昼間の日当たりの余熱で零下6度だったので助かった。それでもスキー手袋の手が痺れてくる。うん、肉眼でもそれと分かる彗星が白鳥座の右翼の下に青く光っている。月は明るいが冷え込みで空気が澄んでいるため幸いにも空は意外に暗い。

 望遠鏡を据え付けたがしばらく使わなかった追尾モータがなぜか作動しない。接眼レンズを挿入するとはっきりと直線状の尾まで見えた。今回は望遠鏡にカメラを接続して手動追尾で1ー2分の露光をした。

 ネガを見て驚いた。東京で撮ったコマは黒いが、八ヶ岳で撮ったコマは透明な背景に星だけが黒く写っている。青空と夜空の違い、文明と原始の違いである。広角で琴座白鳥座と一緒に撮った写真と、望遠鏡でアップにした写真の一枚が気に入った。今インターネットにはHale-Bopp彗星の写真が沢山出ている。靄の中の彗星といった写真は埼玉だ。無数の星に埋もれた砂粒の中の彗星の写真はGeorgiaからだ。お国柄が出る。いずれも口径200-300 mmの望遠鏡に高価な追尾装置をつけての撮影だから比較にはならぬが、NIH精神で私も3月号のホームページに掲示しよう。  以上