うつせみ
1997年 4月13日

         14回目のHale-Bopp彗星

 雨や曇りが続き偶に晴れても春霞の濃い季節になってしまったが、今夜14回目のHale-Bopp彗星を見た。全く物好きなことである。しかし世の中には物好きなのは私だけではなく、日米往復の飛行機の席を意識して北の窓側にとって往復とも彗星を見たという人も居る。

 残念ながら飛行機から見る機会は無かったが、11回目は新幹線から見た。 4月7日大阪に行き重苦しい気持ちで夕方帰路についた。気持ちの切り替えを求めていた心がふと彗星を思い出した。通路側の席から外を見ると段々に暮れてくる。朝出る時の東京は天気が悪かったが今通りかかった東海地方は雲は多いが空も見える。もしかしたら窓から彗星が見えるかも知れないとはやる気持ちを抑えて空が暗くなるのを待った。待ちきれなくなってまだ薄明かりのもとデッキに出て窓に顔を押し付けてここぞと思う辺りを見ると雲である。しかし新幹線は速いから雲もどんどん流れる、その雲の切れ目に、見えた見えた、見慣れた彗星が薄明かりの中に白く光っていた。しかし新幹線の速度だからすぐまた雲に入り、方角が変わり、二三度チラと見えただけである。でももっと暗くなればもっとよく見えるはずと期待していたのだが、新富士駅を通過した頃から厚い雲の下に入ってしまった。戻った東京は雨であった。

 4月10日木曜には態々彗星を見るためにワイフと二人で八ヶ岳に夜往復して来た。幸い高気圧が来たからだが、目的は二つあって、一つには八ヶ岳周辺は東京や八王子は勿論甲府盆地と比べても圧倒的に空気が澄んでいることを経験的に知ったことであり、もう一つはどうしても天体望遠鏡で写真を撮りたかったからである。第1の目的は達した。甲府盆地が春靄に包まれているのに盆地を過ぎると急に空気の透明度が高くなった。第2の目的は失敗であった。彗星が大きくなりすぎて、30倍程度より小さくならない天体望遠鏡はもはや役に立たず、 8倍の双眼鏡が一番の道具になっていた。しかし口径が大きいほど鮮明な画像が得られるから、双眼鏡より天体望遠鏡が望ましいに決っている。そこで気づいたのだが、対物反射鏡が作る実像を虫眼鏡代わりの接眼レンズで拡大して見るのがニュートン式望遠鏡だから、接眼レンズ無しでカメラの接写レンズで覗いたら良いのではないかと考えた。ところがなぜかどうしても焦点が合わなかった。更に研究が必要である。しかし三日月にも拘らず暗い夜で彗星はよく見えたし、多分よい写真が撮れたと思う。帰路に甲府盆地の境川休憩所で空を見上げたが彗星が見えるような空ではなかったし、八王子も勿論であった。

 4月12日土曜には、私の撮った写真を見てどうしても八ヶ岳で彗星を見たくなった愚息と二人で、地域自治会の仕事があるワイフを置いて、また夜のうちに八ヶ岳に往復した。今度の私の目的は、小淵沢にある「神田の大糸桜」という大木を近景に彗星の写真を撮りたいというものだった。ところが私の計算違いは、夜こんなところに来る人は稀だろうと思っていたのだが、何と3分咲きの桜に夜間照明がついて続々と車がつめかけていたことだった。2日前より月が明るくなっていたせいもありまた少し遠ざかったからでもあり、2日前に比べて尾がやや短く見えた。これから月が益々明るくなるし、 22-23日に月が暗くなった頃には彗星がかなり遠くなっていようから、いよいよ終わりかとフィルムは巻き取ってしまった。それにしても、開放レンズで懐中電灯で桜をなぜたら良いのではないかと思った思惑が外れ、レンズ前に障害物を置いて夜間照明の桜を隠して彗星に露光時間を確保しなければならなかった。こんなことがうまくいくのかどうか、またASA3200のフィルムで開放してあるカメラに、撮影視野の外とはいえ明るいヘッドライトがレンズに斜めに当たったときにどうなるかは、予想の外である。

 今日4月13日日曜は八王子でも快晴だったが、暗くなってみると空全体に靄が掛かり双眼鏡で彗星を見つけてから肉眼で同じ場所を凝視すれば辛うじて見える程度であった。微かに見える尾は一段と縦に移動しており、太陽との相対関係が急速に変わっていることが分かる。 2ヶ月間楽しませてくれたHale-Bopp彗星は今去っていく。           以上