うつせみ 
1996年 5月 2日

                 花三昧

 会社行事で函南に泊まった4/19の夜、NHK 1chが伊那の高遠城址公園の夜桜を 中継したのをかいま見た。例年の満開時に企画を 組んだのであろうが春の遅い今年はまだ二分咲きとのこと。自作歳時記ソフト上の 記録では高遠より1週間早いはずの山梨県北巨摩郡 武川(むかわ)村の「神代桜」 を4/21(日)に訪れたら幸い満開であった。日本武尊(やまとたけるのみこと)の 東征時のお手植えで樹齢千八百年と称する幹周11 mの老木が若々しい花をつける姿に毎年感動し、俺も若く生きたいと思ってしまう。

 連休第1日の4/27は道路渋滞を避け、4/28に朝6時に中央道八王子に入った。 途中それでも渋滞はあったがほぼ順調に甲府盆地に入ると、釈迦堂から境川にかけて 今年はまだ桃の花が綺麗であった。桃の花は盆地の底から咲き始めて斜面に上ってい くのだが、低地の花が盛りを過ぎ、山の斜面では咲き始めた段階で、盆地全体がピン クに染まって見事であった。そのまま中央道を進んで伊那路に入り、高遠の桜を見に 行った。既に伊那IC出 口渋滞の警告が表示されていたので一つ手前の伊北ICで降りて勝手知った裏道からス ムースに入ったが、まだ8時なのに既に駐車場は満杯に近かった。城址全体が数千本の コヒガンザクラの満開で素晴らしかった。過去2年は5月連休に海外に遊びに行ってい たので、3年ぶりになる。残念ながら雪山の背景がやや霞んではいたが、今まさに散 り始めんとする花の頂点を鑑賞することができた。後日の新聞によれば今シーズンは 過去最高の30万人の 人出があったという。NHKの影響力はすごい。10時過ぎに帰る頃には、入る車が大渋 滞で深刻な状態であった。

 調子に乗って、その足で小淵沢までとって返し、記録では同時期に咲くはずの 「神田(しんでん)の糸桜」を訪れた。畑の真ん中にある樹齢数百年のしだれ桜の独 立巨樹で、以前は訪れる人もまばらであったが、やはり何かでPRされたのであろう、 農道にビッシリ駐車の列があった。花は満開をわずかに過ぎたところで華麗であった。雪山と特急あずさを背景にした姿をカメラに収めようと数多い観光客の動きの一瞬の隙を狙った。

 ますます調子に乗って、昼食後は当日の信濃毎日新聞に出ていたカタクリ群生 の花を見に岡谷に行った。国道よりかなり山側に入った出早(いづ はや=地名)雄小萩(おこはぎ)神社を尋ね当て、広い境内一杯に咲く赤紫のカタ クリの花を満喫した。ワイフは幼時の思い出の花だという。

 諏訪には「神田の糸桜」と恐らくは同一種のしだれ桜の大木が多い。標高の関 係でまだ開花していない木も含めて数本を4/29には訪ね歩いた。茅野の道路から見え た山寺の桜が素敵だったので、突然のワイフの希望で車がやっと通れる道を登り、寄 り合い帰りのおばさん達が塞ぐ石段を登り、お寺の桜を間近で見た。大木ではないが ピンク系の花が美しい。

 蓼科三井の森の湿地には、水不足で小ぶりながら水芭蕉が可憐に咲いていた。 数十もつぼみのある石南花(しゃくなげ)を買ってきて植えた。5/2午後は連休の端 境期で交通量が少ないことに気付き、急に思いついて木曽路を、しだれ桃が満開の「 是より南木曽路」という長野図書館長の達筆になる石碑から、島崎藤村の特徴ある筆 跡の「是より北木曽路」の石碑までドライブした。北端の楢川村奈良井宿の保存宿場 町から半ばの木曽代 官が居た木曽福島までは山も里もあらゆるところで桜が満開で、多くの お寺でしだれ桜の大木が咲き誇っていた。しだれ桜は古木になりやすいと見える。上 松(あげまつ)町の寝覚の床で木曽川が彫り込んだ奇岩を再訪して更に南下すると急 に標高が下がり、しだれ桜やエドヒガンなども既に葉桜となる。代わって八重桜と、 珍しい黄色および黄緑色の桜の花が満開の木々が道路脇に目立った。南端の山口村で 久しぶりで訪れた妻籠(つまご)と馬籠(まごめ)の保存宿場町では既にしだれ桜は 立派な若葉になっ ており、藤の花さえ咲き始めていた。陽も傾いた馬籠の藤村記念館つまり実家の前の 急坂を下ると美濃との国境の十曲峠から上ってくる木曽街道が真下に見え、「友が新 茶屋から上ってくるのが遥か遠くに見えて大喜びした」というようなことが書いてあ った「夜明け前」の一景を思い出した。

 遅い春のおかげで花に恵まれ花に終始した連休前半であった。  以上