Mozilla
4月19日の日経産業新聞7面のコラム記事「モジラはなぜ失敗したか」を読み、紹介されていた www.jwz.org/gruntle/nomo.html を参照した。Netscape社の入社番号#20のJamie Zawinski氏の退社の弁である。もともとMozillaはGozillaの後に現れた巨大な蛾(Moth)の怪獣である。
長たらしいURLをいちいち入力して研究者間で使用されていたInternetに、Hyperlinkを導入してMosaicという名のBrowserを作り出したIllinois大学生のMark Andreesenを誘い、後にNetscape社となった会社を設立したのが、SGI社を成功させ大金を手にしたJim Clark氏だった。93年秋に私が古川博之氏に連れられて訪問した時にはまだ Mosaic Communications社という50人ほどの会社で、NetsiteというサーバソフトとNetscapeというBrowserを商品としていた。Illinois大との間でMosaicの名の使用権を折衝中とその時は聞いたが、結局不調でその後Netscape社という社名になった。出世払いにしたらIllinois大も名誉と金を得られただろうに。
その時の社名/商品名の対抗馬がMozillaだったそうだ。Mosaicと音が似て、強そうだからだが、営業が反対しNetscapeという上品な名前になったと聞く。しかしMozillaの名へのご執心は依然社内に強く、Netscape GoldでWeb頁を制作すると冒頭にMozillaで制作というコメントが入る。
Netscape及び好機到来と見てNetscapeと手を組んだSun, Oracleなどの思想は、Microsoftにとって危険極まりないものだった。「マシンもOSも何でもよい。Internetにつながれば、Internet全体があなたのComputer、BrowserがOSになる」という思想だったからである。Sunの「The network is the computer.」は多分Netscapeより古いが、同一方向である。OSの支配競争ではMicrosoftに勝てないから、もう一段上のレベルで標準化すれば下はどうでも良くなるという作戦である。慌ててMicrosoftはIE = Internet Explorerを開発し、「IEはOSと不離一体でExplorerをInternetに拡大するもの。あなたのマシンを外に拡大したのがInternet」と主張した。つまりInternetという新しい世界をWindowsとは独立の一段高いレイアとして育てるか、Windowsの一部に取り込むかという戦いとなった。この二つの思想の激突がよく知られたBrowser戦争で、Microsoftが徐々に得点を重ねた挙げ句に、遂にBrowserを無料化してNetscapeに止めを刺した。Netscapeが無ければMicrosoftが無料化などするものか。
ほとんど唯一の収入源を無料化されてしまったNetscapeは、苦し紛れにBrowserのソース公開に踏み切り、Linuxに習って「皆さん改善して頂戴」と言った。Netscape社も改善の一員という立場を明確化するために、mozilla.orgという別サイトでこれを運営した。雌伏6年のmozillaがやっと孵化して大空に飛び立つかに見えた。その責任者が冒頭のZawinski氏で、これだけがNetscapeの希望の星と思って頑張ったそうだ。
Netscape社がおかしくなって98年11月AOLに買収されたのは、専らMicrosoftの金の力に負けたからだと私は思っていたが、上記Web頁の中でZawinski氏は、Netscape社が大きくなり過ぎて創造力が失われ、新機能が出なくなったのだという。"Netscape was shipping garbage, and shipping it late."という。また成功を創り出す人よりも成功に乗る人の割合が多くなったからだという。またLinuxはうまく行っているのにmozilla.orgがうまくいかなかった理由として次の各項をあげている。
1.大き過ぎて外部から簡単には手出し出来なかった。
1a.従って小さな変更でも2−3時間のボランティアでは不可能。
2.ソース公開したのは将来版のNetscape 5.0で、現行最新版の4.5は公開されなかった。そのため「使いながら改良」の楽しみが無かった。
3.4.5ではコーディングが込み入っていたため、クリーンな5.0を公開したが、GUIなどをすべて書き直さないと使えるようにならなかった。
4.メイルが含まれていなかった。
5.Netscape 4.5の開発と同時になりNetscape社の協力が不充分だった。
Zawinski氏はうまくいかぬ仕事が辛くなり退社を決心したが、オープンソースコードは駄目と誤解してくれるなと強調している。 以上