うつせみ
1999年12月25日

             藤原紀香

 藤原紀香は美人であるだけでなく真っ直ぐな良い性格と人に好かれる明るさと自己を律する根性を持った立派な女性であることを発見した。J-Phone,JAL,FinepixなどCM女王の様相を呈しているが、CMでは出てこない人柄がもろに出てしまうテレビ番組を偶々見てしまった。

 12月23日の休日、ふとつけたテレビ朝日がNorika Tango Projectという110分番組をやっていた。途中から見たので誤解があるかも知れないが、藤原紀香がタンゴダンスに魅せられて「習いたい」と言ったのをテレビ朝日が聞きつけて、彼女とスタフをBuenos Airesに送り込んで特訓し、とあるバーでタンゴダンスショーを開催して喝采を得たという番組だった。

 大体タンゴに魅せられてというのが泣かせるではないか。甘美で時として物悲しいメロディーと、快活で歯切れの良いリズムとの不整合の美がタンゴの魅力だと40年来思っている。これにセクシーで切れ味の良いダンスが加われば最高だ。社交ダンスを教えてくれた大学の上級生が言ったものだ。「社交ダンスは君達が楽しむもんじゃない。女性パートナを楽しませることによって間接的に楽しむのが社交ダンスの極意だ」と。タンゴダンスもどう見ても美しく舞う女性が主役である。但し清く美しいペアでは本当のタンゴダンスは踊れないような気がするのだがどうだろうか。

 ProjectはBuenos Airesでオーディションを行った。男性の興行監督兼振付師兼インストラクターと、日本人女性のインスト兼通訳が、地元の応募者のなかから藤原紀香のパートナ1名と、前座を務めるプロのダンサ3組を選んだ。合格者のデモンストレーションを見て藤原紀香の曰く、「ワァーカッコイイ! やりたい! お願いします!」と。しかしパートナ氏と女性インストが彼女用の振付のデモンストレーションを見せると「エッ?これ誰がやるの?私?ですよね」と急に素直な不安を見せた。

 練習が始まると、さすがに勘も運動神経も良いらしく動きはすぐ覚えるし、絵にはなるのだが、なかなか音楽に乗り切れない。「考えながら踊ってちゃ駄目!」と叱られる。パートナ氏との密着度合いが自然さを欠いて「そのテレがあっちゃタンゴは踊れません」とか言われてしょげた。それからが立派なのは、彼女開き直って一人になっても黙々と練習し見るからに上手になっていった。足がむくんで靴がきつくなってしまったり、足が上がらなくなっても「初めての人は歩けなくなる場合もあると聞いたので、私はまだ軽い方だと自分を励ましてます」という。

 練習の合間には、サッカーを観戦し下町を散歩し夜のタンゴバーを覗く。National Geographicの愛読者であり「旅チャネル」をよく視聴する私には、こういう企画も興味深い。一度観光に行ってみたいなあ。

 3-4日練習の後ショー本番の前日、衣装をつけたリハーサルがあった。3組のプロのダンスを見ている内に藤原紀香はショックを受けて涙をこぼしてしまい、彼女の番になっても動けなかったため、リハーサルは一時中断された。初日には単純に感嘆したプロのダンスを自分で練習した後に改めて見ているうちに彼我の差が自覚され、「こういうプロと並んで私なんかがやっていいのだろうかと自信を無くしました」と言う。それでも中断の間に気を取り直し、「私は私なりにベストを尽くせば良いんだとフッ切れました。もう大丈夫です」と敢然とリハーサルに臨んだ。

 ショー本番に彼女は、この日のために自分に「一番似合うと思って」特注して持ってきた深いVネックとスリットの真紅のワンピースで現われた。プロダンサと並んでも一際カッコ良いから、日本人としては嬉しい。3組のダンスの後のトリのダンスはリズムに乗り美しく立派だったと思った。案の定会場は万雷の拍手で、彼女は今度は達成感に感動して泣いた。拍手は鳴り止まずアンコールになってしまった。これは気の毒で、本来なら別のダンスなりアドリブなりがあるべきなのだが、何しろイッチョライしかないので、それを繰り返した。美人はなにをやっても許される。

 '71年生まれ、'92年ミス日本グランプリ、'93年東レキャンペンガールだそうだ。比較的遅咲きだったのかも知れないが、それだけに多分苦労もあって人間が出来てきたのではないか。爽快な番組を見た。   以上