うつせみ 
1995年 1月 28日
            Animals at Play

 30年来購読している米国地理学会 National Geographic Society の会 誌 National Geographic の12月号は、日本猿が10cmほどの雪玉を抱え て雪の中に立っている写真が表紙になっている。「Animals at Play」  「遊ぶ動物」というタイトルの論文記事が目玉で冒頭記事になっている。

 パラパラとめくると、枝から逆さにぶら下がって頭で川面を叩いて遊ん でいるオランウータン、闘う如くにジャレ合う2匹のライオンの子、噛み 合うはずが抱き合って遊ぶ北極熊とエスキモー犬、船と競うイルカ、背中 で雪上を滑るカラス、イグアナの尻尾をくわえて引き込むアシカ、など遊 ぶ野生動物の写真が沢山あった。表紙と同じ日本猿の写真には、「誰でも 尋ねる質問だが、こういう雪玉を投げ合う場面はまだ報告されていない」 とあった。こういう写真は、それはそれで可愛いのだが、犬猫だって年中 遊んでいるのだから、野生動物が遊ぶこと自体は「へえそんなものか」と 思っただけで特別な興味は持たなかった。

 今日休日に東京に出かける電車での読みものにこれを持ち出し、写真説 明だけでなく記事も読んだので、そこで初めてこの記事の真価を発見した。 著者 S. L. Brown氏は、テキサス大学教授を勤めたこともある「遊び」の 研究家である。一番ショキングだったのは次の表現であった。

.....play may be as important to life -- for us and for other animals -- as sleeping and dreaming.

睡眠が大事なことは異論がないだろうが、夢の重要性は若干注釈を要する。 フロイト(Sigmund Freud)の学説によれば、抑圧された欲求を夢で実現す ることによって心的緊張を解放する効果があるという。夢で宿敵と仲直り してすっかり気が楽になった経験がある人も多かろう。ついでに言えば、 夢ですら制約があるために本来の欲求と夢の内容が或る対応関係を取らざ るを得ないというのがフロイト学説である。夢を見ていることを脳波で知 って邪魔をし夢を見させないと、人はイラつき協調性を失うという。

 だが Brown 氏によれば、遊びも同様な重要性を持ち、個体の正常な生 育や社会的な関係作りに必須だという。正常な遊びに恵まれずに育った個 体は異常な個体になってしまい、例えば遊びがなく虐待されて育った子供 は暴力的な大人になる。

 私もニュースを見た記憶があるが、1966年にテキサス大学の塔の上から 構内の人々に向けて一人の学生が銃を乱射し、警官隊に射殺されるまでに 数十人の死傷者が出たという事件があった。事件の原因・背景を徹底的に 調査するよう命じた知事に応じて、当時テキサス大学教授だった筆者のチ ームが犯人の人間像を調査した。犯人には、教会の聖餐式の祭壇係、最高 ランクのボーイスカウト、海兵隊、といった Mr. Clean のイメージの下 に、父親からの虐待と、暴力と残虐の歴史があった。それ以上に、昔の先 生の話では決して自発的に遊びに加わることがなく、級友が遊ぶのを校庭 の塀に寄りかかってぼんやり見ていたという。これに触発されて筆者が調 査した所では、テキサス州の殺人犯26人の90%に遊びの欠如か異常な遊び が発見され、また死傷事故を起こした25人の運転者の75%は遊びに欠陥が 見られた。ここに至って初めて筆者は遊びの重要性に気づき、動物の遊び にも研究の興味を広げたという。結論は動物については、

Playful individuals often become adept at hunting and at winning mates. (adept=熟練する mate=伴侶)

人間については、

playful adults are often highly creative, even brilliant individuals.

ということであった。

 以前岡野先輩から教わって以来私も「よく遊びよく学べ」を実践し周囲 にもお勧めしているのは、社会心理学的にも正しいことになる。子供だけ でなく我々大人も大いに遊び心を大切にしよう。スポーツもよし、日曜大 工も芸術もよし、読書もProgrammingもよし、散歩でもよいが、人間遊び 心が無いと良い仕事ができない。これは私の帰納的信念でもある。 以上