9月12日の朝日新聞は、信州大学教授の独文学者坂西氏が、日本では近 藤朔風の訳になる「童は見たり野中の薔薇」で知られる ゲーテの詩 "Heidenroslein"「野薔薇」に付けられた88種類のメロディ ーを集めて出版し、ドイツでも出版準備が進んでいると報道した。
訳詩は美しいメルヘンの世界だが、原詩は少し違うように以前から私は 思っている。まずメルヘンの主役「童」から問題になる。日本語で「童」 と言えば身長1米ほどの子供であろう。原語では"Knabe"だが独和辞典で は「男児、少年、若者」とある。語源を同じくする英語"Knave"は、「悪 漢、下男、トランプのジャック」である。"Playboy"の"Boy"の年齢はどう だろうか。"Kind", "child", "enfant", "chico"が「童」であるのに対し て、"Knabe", "boy", "garcon", "muchacho"はそれより少し上を指し少年 から若者までを含む「男(お)の子」なのである。
同じメロディーで歌うために音韻数を揃えることは諦め、森鴎外になっ たつもりでゲーテの詩に出来るだけ忠実に七七調に訳し対比してみよう。
近藤朔風 訳 | 松下重悳 訳 |
童は見たり野中の薔薇 | 男(お)の子は見たり可愛き薔薇を Roslein 荒れ野に咲ける可愛き薔薇を |
清らに咲けるその色愛でつ |
初々しくも朝の美なれば jung und morgenschon 近くで見むと駆け寄りたり |
飽かず眺む紅香ふ(にほふ) 野中の薔薇 |
大いに歓喜し男の子は見たり 可愛き薔薇よ紅の薔薇 荒れ野に咲ける可愛き薔薇よ |
手(た)折りて行かん 野中の薔薇 |
男の子は言ひぬ汝(な)を手折らむと 荒れ野に咲ける可愛き薔薇を |
手折れば手折れ思ひ出ぐさに |
薔薇は応へぬ我汝を刺さむ とこしへに我を想い給ふべく dass du ewig denkst an mich |
君を刺さん紅香ふ野中の薔薇 |
我はそれを苦にせざるなりと 可愛き薔薇よ紅の薔薇 荒れ野に咲ける可愛き薔薇よ |
童は折りぬ野中の薔薇 |
手荒き男の子ははや手折りけり Der wilde Knabe brach 荒れ野に咲ける可愛き薔薇を |
手折りてあはれ清らの色香 |
薔薇 争(あらが)ひて男の子を刺すも 苦痛悲嘆を豪も逃れず |
永久(とは)にあせぬ 紅香ふ野中の薔薇 |
苦悩を受ける他は無かりき 可愛き薔薇よ紅の薔薇 荒れ野に咲ける可愛き薔薇よ |
このHeidenrosleinの詩を素直に鑑賞すると、恋多きゲーテはこの女性 をも手折ったに違いないと私には思えてしまう。私にだってそういう経験 さえあれば、このくらいの詩は書いて見せように。残念! 以上