うつせみ 
1995年 9月15日
             野薔薇

 9月12日の朝日新聞は、信州大学教授の独文学者坂西氏が、日本では近 藤朔風の訳になる「童は見たり野中の薔薇」で知られる ゲーテの詩 "Heidenroslein"「野薔薇」に付けられた88種類のメロディ ーを集めて出版し、ドイツでも出版準備が進んでいると報道した。

 訳詩は美しいメルヘンの世界だが、原詩は少し違うように以前から私は 思っている。まずメルヘンの主役「童」から問題になる。日本語で「童」 と言えば身長1米ほどの子供であろう。原語では"Knabe"だが独和辞典で は「男児、少年、若者」とある。語源を同じくする英語"Knave"は、「悪 漢、下男、トランプのジャック」である。"Playboy"の"Boy"の年齢はどう だろうか。"Kind", "child", "enfant", "chico"が「童」であるのに対し て、"Knabe", "boy", "garcon", "muchacho"はそれより少し上を指し少年 から若者までを含む「男(お)の子」なのである。

 同じメロディーで歌うために音韻数を揃えることは諦め、森鴎外になっ たつもりでゲーテの詩に出来るだけ忠実に七七調に訳し対比してみよう。

    
近藤朔風 訳 松下重悳 訳

 童は見たり野中の薔薇 男(お)の子は見たり可愛き薔薇を
              Roslein
 荒れ野に咲ける可愛き薔薇を

 清らに咲けるその色愛でつ  初々しくも朝の美なれば
 jung und morgenschon
 近くで見むと駆け寄りたり

 飽かず眺む紅香ふ(にほふ)
      野中の薔薇
 大いに歓喜し男の子は見たり
 可愛き薔薇よ紅の薔薇
 荒れ野に咲ける可愛き薔薇よ


 手(た)折りて行かん
      野中の薔薇
 男の子は言ひぬ汝(な)を手折らむと
 荒れ野に咲ける可愛き薔薇を

 手折れば手折れ思ひ出ぐさに  薔薇は応へぬ我汝を刺さむ
 とこしへに我を想い給ふべく
 dass du ewig denkst an mich

 君を刺さん紅香ふ野中の薔薇  我はそれを苦にせざるなりと
 可愛き薔薇よ紅の薔薇
 荒れ野に咲ける可愛き薔薇よ


 童は折りぬ野中の薔薇  手荒き男の子ははや手折りけり
 Der wilde Knabe brach
 荒れ野に咲ける可愛き薔薇を

 手折りてあはれ清らの色香  薔薇 争(あらが)ひて男の子を刺すも
 苦痛悲嘆を豪も逃れず

 永久(とは)にあせぬ
   紅香ふ野中の薔薇
 苦悩を受ける他は無かりき
 可愛き薔薇よ紅の薔薇
 荒れ野に咲ける可愛き薔薇よ
 朝日新聞の記事には次のようにあった。
 「二十一歳のゲーテは、フランスに併合されたストラスブールに留学し た。近郊の村ゼーゼンハイムの牧師館の二女、フリーデリケ・ブリオンと 知り合った。十カ月の短い交際の後、学位を取ったゲーテはフリーデリケ に別れを告げた。金髪、青い目の三歳年下の少女は、目に涙をためて見送 った。ストラスブール時代、ゲーテは民謡をモチーフに多くのバラードを 作った。「野ばら」もその一つだ。純真な少女を裏切った罪の意識を生涯、 持ち続け、その体験は「野ばら」にも投影されている。」

 このHeidenrosleinの詩を素直に鑑賞すると、恋多きゲーテはこの女性 をも手折ったに違いないと私には思えてしまう。私にだってそういう経験 さえあれば、このくらいの詩は書いて見せように。残念!    以上