うつせみ
2000年 1月 1日

            西暦

 西暦2000年になって、Milleniumという言葉が飛び交っている。でもなぜ2000年が新世紀でないのか? それは西暦は1ADから始まり100ADまでが第1世紀だからだと学校で教わった。その時から不思議でならなかった。西暦0年から始めれば2BC,1BC,0,1AD,2AD(1B.C., A.D.1と書くのが正式)と自然数になって分かり易いし、ADについては世紀末の年をテストで間違えなくて済む。0から始まる数列という概念がまだ無かったのだろうか。天文学では1BC=0, 2BC=-1と表わして自然数列にして扱うことがある。多分万年暦のプログラムも同様の方法で計算しているのだろう。

 キリスト誕生を紀元にしたのは分かったが、12月25日が誕生日とすると誕生の次の1月からが1ADなのか、それとも誕生以前の1月からが1ADなのかと質問して先生を困らせた覚えがある。「誕生が紀元」と教えながらそんなことも疑問に思わない先生を不思議に思った。現在の公式見解は後者のようだが、後述のようにAD/BCが制定された時には前者であった。そもそも12月25日を年の始めとする考えすらあった。キリスト誕生は今もって正確には分からないが、紀元より数年前であることが判っている。6-7BCと記載した歴史書もあり、「紀元には4-5歳」という本もある。

 ではどういう根拠で西暦の紀元を決めたのか? 西暦は6世紀に制定され、以来千年かけて欧州に徐々に普及した。それ以前は、ローマの諸制度を整備した皇帝Diocletianusの即位284ADを紀元元年とした暦、その前には753BCのローマ市創立以来の暦など、色々な暦が使われていた。

 キリスト教では、十字架にかかったキリストが3日後に復活した日を祝うEaster=復活祭が最も大事な祭礼である。1582年制定のGregorian暦以来今日まで、3月21日(当時は必ず春分であった)以降の満月の次の日曜日がEaster Sundayと定義されていて、3月22日から4月25日の範囲で移動する。これが起点となって他の行事の日付が決まる。太陽暦と月齢と曜日が関係するEasterの定義は古来混乱を極め、宗教論争になっていたが、6世紀に計算方法が確定し、上記Gregorian暦での再定義につながった。

 5BC世紀のギリシャのMetonという学者がMetonic Cycleを発見した。太陽暦と月齢の関係は(ほぼ)19年周期で繰り返すという発見である。一方曜日と月日との関係は28年毎に繰り返す。ウソつけ、5-6年で同じ曜日になるぞ、ということになるがさにあらず、閏年がまだ100年/400年ごとの修正が無く単純に4年に1回の時代だから、月日の方は4年が1周期で、それに7曜を掛けて 4 x 7 = 28 なのである。従って月齢と曜日と月日が同じ関係に戻るには 19 x 28 = 532年を要する。これを発見者の天文学者Victoriusの名からVictorian Period、またはこれを制定した神学者Dionysius Exiguusの名からDionysian Periodという。法王に命じられたDionysiusは525ADに新しい暦の制定を提案した。

 Metonic Cycleの第何年に今年は当たるかを1乃至19の数字で表わし、それをGolden Numberと名付けることが530ADに正式に決まった。その定義では1月1日が新月になる年をGolden Number = 1とした。最近では1976年と1995年がGolden Number初年であった。同様に1BCと532ADもGolden Number初年であったので、両年がDionysian Periodの初年とされた。

 当時はキリストの誕生年は曖昧にしか分かっていなかったため、恐らくは上記の理論の美しさに魅せられてDionysiusは1BCの12月25日をキリストの誕生日とし、翌年を1ADとし、AD = Anno Domini = 神の年、およびBC = Before Christを今日の意味で定義した。なぜ一方がラテン語で他方が英語か気になる所だが、答えは英語圏以外ではAD/BCとは言わないのである。例えば仏語では数字だけで済まさない場合は L'an 2000 de l'ere chretienne = キリスト教の紀元2000年、L'an 30 avant Jesus-Christ = キリスト以前30年、と丁寧にいう。

 戦時中まで日本では皇紀何年という言い方が使われていた。神武天皇が即位して以来の皇紀2660年が西暦2000年に対応する。GHQは「非科学的で根拠が曖昧な皇紀でなく西暦を使うように」と指示したが、ドッコイ西暦の根拠も相当いい加減な訳だ。                以上