うつせみ
2000年 4月15日

           ソウル

 米国社長の要請をいいことに8年ぶりにSeoulに1泊1.5日の旅をしてきた。韓国では牛に口蹄疫とやらが発生し、人間にはうつらないはずだが脳味噌が萎縮する病気の原因かと疑われると聞いて、私の脳味噌が萎縮したら困るなあと焼肉を初め牛肉は絶対食べない決心で魚料理好きで通してきた。韓国の英字新聞に女優が道行く人に焼肉を食べさせ、安全PRをしている写真が掲載されていたが、その場に出くわしたら悩んだに違いない。

 8年の間にOlympicsがあり経済危機があったのだから一昔前も同然だ。まず車の多さと運転マナーの悪さに圧倒された。ワイフは私の運転を乱暴過ぎるというが、Seoulで運転したら最高に紳士的な運転として表彰されそうだ。まず進行車がブレーキを掛ければ間に合う範囲なら、方向指示器無しで幅寄せ割り込みは自由である。日本ですら交差点で信号が変わる一瞬には交差点が空っぽになるものだが、Seoulでは渡りきれないことを承知で交差点に車が入り込むから、交差点は常に車で満ち溢れていて、車と車の間を蛇行しながら車が行くような状態だ。或る片側3車線の交差点がこのように混んでいて数十米ほど渋滞していた。すると3列の後の方から反対車線に車が出てきて4列になってしまった。この4列が、直角に進みたい車の間をぬって3列に縮退して交差点を渡るのだから益々交差点は渋滞する。個々の最適化で全体が遅くなる典型例だ。このくらい攻撃的・目的追求型でないと韓国では成功できないらしい。

 1997年終わりに経済危機が起こり、1998年に就任した金大中大統領はベンチャ育成を国家施策として明確に掲げた。ベンチャ企業は10年間無税とか、資金供与などの積極育成施策を行っている。外国との提携がからむ案件は特に優遇されるそうだ。KSP=神奈川サイエンスパークというのが溝ノ口にあるが、同様のベンチャ育成施設が幾つか出来て、SeoulではTehran Valleyと通称される場所に集まっている。最近は Silicon ValleyにあやかってValley流行りだ。渋谷のBit Valleyというから宮益坂の下だろうか道玄坂の方だろうかと想像していたら、恵比寿から青山までを含む広い地域と知った。Valleyの言葉に拘らなくていいんだ。

 Seoul市がスポンサのTehran Valleyの一つのビルを訪れた。200坪ほどの20階建のビルの上の2階が管理と教室や応接室など共用スペースで、7階から18階までに50社のベンチャが収容されている。ほとんどは数人のInternet、通信関連のソフトの開発会社だという。ふと覗くと、例によって目に輝きのある連中がジーパンに腕まくりでやっていた。

 町を行く車のほとんどはDaewoo、Hyundaiなど財閥系のロゴを付けているから、財閥は健在と見えたが、韓国人に言わせると財閥にかっての勢いは無く、優秀な人材がどんどん財閥からベンチャに移動しているという。事業成功の喜びと、それに比例した報酬を求めての話である。もともと韓国の労働力は流動性があったから、終身雇用制にまだドップリ漬かった日本より経済構造の転換が早いのかも知れない。

 しかし最近ベンチャへの風当たりが厳しくなっているという現地の英字新聞記事を読んだ。一つには政府の助成策をよいことに、集めた金を遊興に使ってしまった例があり、その約束違反を税務署が洗っているという。新聞は、ベンチャといえども財務報告は定期的に出させるべきだ、そうすれば不正はすぐ分かる、そもそも透明性は競争原理の前提だ、と論じていたから、もしかして財務報告は出さなくていいの? もう一つは、ベンチャの人材が製造業からの引っこ抜きで供給されており、国家の輸出の80%を占める製造業の衰退が国家的懸念事項になってきたという。多分財閥系からの突き上げであろう。大統領も従来のベンチャ一辺倒を改め、ベンチャも製造業も共に大事と言い直しているという。

 出張の成果はあまり上がらなかった。「歓待は一切不要で兵隊の位も問わないから、(1)事業計画ができて、(2)英語か日本語かどちらかに堪能な人、に会わせてくれ」と条件をつけたのに、守られなかったからだ。

 韓国経済は回復したようだ。株価も1年前と比べて何倍にもなったという。金大中大統領という傑物が居て羨ましい。        以上