うつせみ 
1996年3月20日
           15年目のSKD

 SKD=松竹歌劇団を15年ぶりに見た。お友達のお友達の出演を見る はずの会社のIさんのご都合が悪くなったおかげで、ワイフと私が天王州 の Art Sphereでレビューをたっぷり楽しむことができた。

 15年前山中工場長時代の東芝青梅工場で、管理職会「夢彩会」の船津 幹事が一同を閉鎖寸前の浅草国際劇場に連れて行ってくれた時、駐在副技 師長か何かだった私も会員の一人であった。藤洋子とかいう(ような感じ の名前の)女性役のスターが全盛の時期で、RavelのBoleroがピアノピア ニッシモからフォルテフォルテッシモに至る15分ほどの間に、暗い舞台 の静かなソロダンスから大舞台一杯の激しい群舞に至る演出と踊りが大変 印象的で、以来 Boleroが私の好きな音楽に加わった。この時 Eight Peachesという若いはつらつとした8人のダンサが居たことだけは覚えて いるが、その時のメンバが今回の主役であった。

 松竹の経営不振から国際劇場は'82年に閉鎖売却され、SKDは休演の 後ミュージカル集団に生まれ変わったそうだが、残念ながら私は見たこと はない。ミュージカルではなく伝統のレビューを続けたいと念じた千羽ち どり、高城美城、明石薫、銀ひ乃での4人は、頭文字をとった Office STASを'92に設立した。この高城、明石が Eight Peaches出身だそうだが、 勿論私の記憶にはない。STASは、ホテルのディナーショーや貸劇場で点々 と公演しているそうだが、今回は新設の Art Sphereでの公演であった。 出演者はこの4人を中心に若い人を加えて総員32名であった。

 比較的コンパクトな劇場だが、所々1列分スッポリ空席があったのは、 或るチャネルの分が売れなかったのであろう。観客は大半がかってのSK D追っかけ族と見えるおじさまおばさまで、一部は出演者の関係と思われ る風情であった。タイミングよく大声で「千羽!」「高城!」と声をかけ るおじさまが少なくとも2人居た。真似しようと思ったが、このタイミン グはなかなか掴めるものではない。

 第一部は肌を見せない和風のレビューであった。桜の精が華やかに、茶 摘み娘がコミカルに踊る辺りでは、こりゃ退屈するかなと不安を抱いたの だが、次の銀ひ乃でが得意だという和太鼓に合わせて10人ほどが乱舞す る稲妻と雷鳴の和舞踊は見応えがあった。雷鳴を体で表現してごらんと言 われたら困るだろう、それが見事に表現出来ているのだから素晴らしい。 私の好きなシャンソン「枯葉」に合わせて若手芹なづなを中心とする7ー 8人が枯れ葉を連想させる着物で表現力豊かに踊った和舞踊も美しかった。 和舞踊と言ってもさすがチントンシャンではなく、同じ「枯葉」でも近代 的な編曲の音楽である。和舞踊の表現力の第1部であった。

 第2部は洋風のレビューであった。'82年以前の Eight Peachesが今何 歳であるのか知らないが、足を前後に開いて床に腰をつけ、弓なりにのぞ けり、さすがに鍛えた肢体はすごい。セクシーな踊りあり、リズミカルな 動きあり、なかなかである。和風からフラメンコ風からリド風まで、何で も格好よく踊るレパートリの広さはさすがである。滅法うまい。終わり近 く、坂本九の「見上げてごらん」を珠木美甫という美人歌手が幻想的に歌 った。丁度20人のラインダンスもあった。国際劇場大舞台の幅一杯のか ってのラインダンスの迫力を思い出し、どうしても半拍遅れがちになる若 年者1ー2名と対比して昔日の想いを深くした。最後は公式通りフィナー レがあったが、これも大舞台と比較しては気の毒であろう。

 楽しみながら私は考えていた。なぜ国際劇場やSKDは潰れたのだろう か。松竹映画の不振が背景にあったとは言え、SKD自身が不採算だった ことは想像に難くない。浅草が盛り場として新宿や渋谷の後塵を拝するよ うになっていった。丁度 GO GOが流行り始めた頃だった。あの喧噪の嗜好 の中で、スターを中心にしたSKD風の臭さとテンポが時代遅れになって いったのであろうか。男装の麗人より本物の男性に憧れる自由度を若い女 性が獲得したのかも知れない。

 それにしても「千羽!」と叫ぶおじさま方ののめり込みようはどうだ。 青春に立ち戻った幸せの表現としても、やや悲しさも感じた。  以上