うつせみ
1997年 2月16日

                タンゴ

 或る必要があって80数か国語を扱えるCanada生まれのInternet Browser "Tango"を評価する内に音楽のTangoへの想いがこみ上げて来た。80数か国語は素晴らしいが、私に価値のあるFontは高々数種類と自覚して。

 Tangoは学生時代の社交ダンスのハイライトだったから私にもワイフにも大変懐かしい。少し誇張すればTangoが無かったら結婚していなかったかも知れない。しかし最近は古い音楽のように言われるのは心外である。Eine Kleine Nachtmusikだって200年も前の音楽だが少しも古くないではないか。この前ラジオを聴いていたらアナウンサが「アイネ・クライネ・ナハト・ミュージック」と言うので教養のある間違え方をすると思ったらそういう名前の現代音楽がかかった。In Einer Kleinen Konditoreiは「小さな喫茶店に入った時の二人は」という歌謡曲で有名なドイツタンゴである。Eine Nacht in Monte Carloというドイツタンゴもある。

 私がTangoを好むのは懐古趣味(だけ)ではない。メロディーとリズムのアンバランスが好きだ。メロディーは優美だが非常に物悲しいことに気づく。それにバンドネオンの歯切れのよいリズムが加わり行進曲のように血を躍らせる要素となる。人生そのものではないか。耽美的でもあるが苦悩も多く物悲しい。しかし元気を振るい起こして頑張っていく。坂本冬美の「夜桜お七」もメロディーとリズムのアンバランスが魅力になっている。メロディーで年配層に、リズムで若者にアピールしているのだとすれば、Tangoももっと流行ってもよいと思ってしまう。

 思えばTangoの衰退は社交ダンスの衰退つまりゴーゴーの普及から発した。Tangoのステップは慣れないと少々難しいが、リズムがはっきりしているだけにTangoほど爽快感のあるダンスはない。多くのダンスステップが、四分音符・四分音符・二分音符・二分音符の1小節半で4歩歩くのが基本なのに対して、Tangoは逆に二分・二分・四分・四分である。飲みに行ってもTangoが踊れる人口は元々少なかったが今や皆無である。他よりダンススペースが広く必要なことも不利に作用していよう。

 元々TangoはスペインのFlamencoの一種であったものが、アルゼンチンのセクシーで激しいダンスMilongaと混ざって1880年頃 Buenos Airesの貧しい移民街に生まれたという。Flamenco自体が南スペインAndaluciaの貧民の生まれである。中東や印度の詠唱の流れを汲むアラブ系の歌がジプシー(起源は印度だがエジプト人と誤解されてジプシーと命名)、アラブ人、ユダヤ人に伝わり、14世紀にイベリア半島で Andalus ( -> Andalucia英語は-sia) と呼ばれたイスラム人の勢力が西欧勢力に征服された時、はみ出者となったアラブ系やジプシーが歌い続け、ジプシーが土地を追われて職業として踊るようになった19世紀にFlamenco Danceが完成して、ジプシーを呼ぶ名Flemingから名付けられたという。

 Tangoは最初はセクシーな下品な踊りで紳士淑女の嗜みではないとされていた。2-3年前のランバダのような位置づけであろうか。ダンスが変わったのと人の意識が変わって、今世紀初めには社会に認められる音楽とダンスになった。1915年に欧州で大流行してからArgentine Tangoと欧州大陸のContinental Tangoの2つの流れが生まれた。最近は弾ける人が少なくなったBandoneonは、19世紀中頃のドイツの音楽家 Heinrich Band氏が発明したからBand + Accordion = Bandoneonである。  

 Argentine Tangoはより情熱的でありリズム的である。Francisco Canaro楽団が演じるLa Cumparsita(仮面淑女の意?)やAdios Pampa Mia(さらば草原よ)は実に歯切れがいい。  

 Continental Tangoは旋律が美しくロマンティックである。Alfred Hause楽団やMalando楽団の Blaue Himmel(碧空)、Perlenfischer Tango(真珠採りのタンゴ、ドイツに真珠採りは居ないだろうから異国情緒か)、オランダ生まれのOle Guapa (粋なおねえちゃん)、イタリア生まれのTango delle Rose(ばらのタンゴ)、フランス生まれのUn Violin dans la Nuit(夜のヴァイオリン)など、いずれも私の好きな曲である。

 四季の歌ではないが、Tangoを愛する人は年をとらないぞ。  以上