会社の私の机上には動物が3匹居て、執務中の私と向き合っている。一 番の先輩格はライオンである。私がTJに来て間もなく近くの西武デパート のおもちゃ売り場で買ってきた軟質プラスチック製の比較的精巧なもので ある。尻尾を長く水平に伸ばし先端をちょっと持ち上げ、歯をむいて今に も飛びかかろうとしている姿勢である。わざわざこんなものをかなり努力 して探してきた心は、「怠けるなよ、遠慮していると食われてしまうぞ」 と、出しゃばりが不得意な自分に言い聞かせるためであった。
次に仲間入りしたのが、東芝で秘書を務めてくれた吉村嬢がPhuketのお 土産に呉れた象である。ピンクの硬質プラスチックで体中を小さな鏡で飾 り立てている。「エッ?ピンク?僕のは茶色だったが」という人も居たか ら、私の派手な色の好みを察してのことに違いないが、それ以上の意味は 無かろう。しかし私は勝手に「優しくあって下さい」という吉村嬢のメッ セージとして受け取ることにした。私の目が三角になりかかった時に彼女 の理知的で華麗な笑顔で気を取り直した記憶が再三ならずあったからだ。
最後に加わったのが一番高価に違いない翡翠の水牛で、Singaporeから の表役員のお土産である。木の台座に接している四つ足と口から白い接着 剤がはみ出しているのを最初不審に思ったが、よく見ると白で水を表現し ているのだと判る。「動物が2匹居たから3匹目を」という表役員の口上 ではあったが魂胆は読めている。「そんなに飛ばさないでゆっくりやりま しょうよ」という暖かい忠告に相違ない。
この3匹と友達になった私は、怠惰の誘惑に駆られると目を見開いたラ イオンと対峙し、カッと来た時には象とウィンクを交わし、焦燥の時はう つ向いて水を呑む水牛と対話することに決めている。決めているのだが仲 々うまくいかない。コンチクショウと反撃の身構えをした時にライオンと 目が合ってしまったり、くたびれた夕方に水牛が羨ましくなったりする。
先日会社で健康保険主催の精神科医の講演を聞いた。担当本部に要注意 者が少なくないことに責任を感じてのことである。精神的ブレイクダウン を生じ易い2つのタイプがあるという。「良い子タイプ」は、心底に反し て良い子になろうとするからストレスが溜まるそうだ。もう一つは常に自 分を挑戦に駆り立てるAggressive/Activeの「タイプA」だという。私の 年代は戦時中の国民学校で「日本人はみな天照大神の子孫で天孫族である。 神の子を張り付けにしてしまった民族の子孫とは氏素性が違う。」と教わ ったものだ。後年これをもじって「日本人はみなTension族である」とい う言い方が流行ったことがある。そのTension族の中でも特にTensionの高 いエリート?がタイプAなのであろう。
この型はメシを食うのが速いと聞き、某氏を思い出して笑ってしまった。 その後でメシこそそんなに速くはないが他人のことを笑える俺でもないか なと思い直した。そうでなければ表役員が水牛などを呉れる訳がない。そ もそもなぜタイプAはメシが速いのか? メシを楽しむより早く済ませて 行動したいからであろう。それなら足も速いし風呂も速いであろう。床屋 の時間が退屈でならぬはずである。こう考えてみると私は某氏ほどではな いがタイプA入門の資格はありそうである。
しかし某氏と同様私も実は、例外中の例外を除いて、ストレスは溜まら ないのである。私の中には、常に何かに挑戦していなければ幸せでないタ イプAと、絵を描き作曲し詩歌を楽しみ花や美人を愛でる芸術家(その芸 術性は別として)が同居している。自宅はアトリエであり、少々年老いた が現役の馴染みのママが取りしきるクラブのようなものである。そこに毎 日無料で通っていればストレスは溜まらない。
しかし私にストレスが溜ろうと溜まるまいと、会社の仕事仲間にとって は、刺激的で良いと思う人と、こりゃたまらんと思う人が居るだろう。会 社ではもっと象と水牛に親しまねばなるまいと自戒している。しかし担当 本部の損益改善がおかげさまで少し見えてきた今、次の挑戦対象として地 方応用ソフトの赤字退治や新規事業開拓に自分を結局駆り立ててしまった のは、やはり若気の至りだろうか。 以上