うつせみ
2000年 9月 3日

          野中ともよ氏とデート

 野中ともよ氏をご存知だろうか。最近あまりテレビで見かけないが、滅法英語の達者なフリージャーナリストとして20年ほど前からNHKのキャスタを勤め、ソウルオリンピックでは現地キャスタ、数年前までテレビ東京のワールド・ビジネスサテライトのキャスタをやっていた。その野中氏と対談しないかと持ち掛ける人が居て、お引き受けしてしまった。

 Citibankという銀行は悪平等の対極を行く「善差別」の銀行で、小さな口座を持つと利子どころか手数料を取られるが、20百万円以上の口座を持つと「Gold Member」にしてくれてAccount Executiveが個人的に投資のご指導をしてくれる。後者は本来私には縁のない制度でGoldの別室があることも、そばまで何度も足を運びながら気付かなかったほどだ。ただ米国で株が高く売れたお陰で高嶺の花の才色兼備のAEにお世話になっている。但し3月末の株暴落で目下少々損をしているが。

 そのGold Memberには毎月のお知らせの他に季刊で色刷り6頁のパンフが届けられる。このパンフの趣旨を私はあまり理解していないのだが、野中ともよ氏の対談が毎回大部分の頁を占める。多分Gold Membership意識の高揚であろう。お前は日本の大会社から米国のVenture Businessに飛び出した珍しい経歴だから、その辺をネタにして対談をやらないかと言われ、趣旨やネタはともかくとして野中ともよ氏に会えるなら悪くないかと軽率にも引き受けてしまった。オッカケ的な興味ではないが、この才女がどんな人間か知りたいという人間学上の興味があった。大体私を釣るなら好奇心で釣ればまず引っ掛かる。

 新宿のホテルの1泊十万円かと思われるスイートの居間部分に案内されてビックリ、十人も人が居る。対談も昔は色々やったがこんなのは初めてだ。Citibankの人3名と制作会社の人4人が名刺を呉れた。Citibankはよほどの大金を払っているに違いない。但し私へは菓子折りだったが。

 入ってきた野中氏は杖をついて痛々しかった。予め聞いては居たが予想以上に回復に時間が掛かっているようだった。沖縄の海での取材中事故で船の甲板に叩き付けられて脊髄を傷めたと聞いた。もう痛くはないが、平衡感覚がおかしくなってしまい、頭を15度動かすと落ち着くまでに30秒掛かりすぐ船酔い状態になるのだとのこと。平衡感覚が脊髄と関係するとは知らなかった。しかしカメラマンがバチバチ撮り始めると素晴らしい笑顔になった。そのプロ意識たるや立派なものだ。制作会社の人がヒソヒソと「まず最初は雑談して頂いて緊張をほぐして...」などと言っているのが耳に入ったので、「野中さんに会えるというので前後の見境なくやってきましたが、私は何をやるんでしたっけ」と切り出してリラックスムードで対談に入った。64歳にもなって上がったり緊張したりしては居られない。私は即興の対談がうまいとはちっとも思っていないが、気遣いはある方だし、同じなら何でも楽しくやってしまいたい欲求は強い。

 想像通り野中氏は、回転の速い笑顔が素敵な国際的視野を持つ才女だった。会って楽しい人だ。お父さんが外資系の会社の幹部で、ご主人は米国大学院留学時代の同級生でやはり外資系という身の上話も聞いた。前号までの対談記事は斜めに読んだけれどそんなこと書いてなかったぞ。ジャーナリズムを専攻して上智出身とは書いてあったが。帰国子女かな?

 野中氏はただ対談するだけで、テープを参照しながら原稿を書くのは制作会社の人の仕事らしかった。「Citibankはどうですか?」と聞かれて全員Professionalだと少しヨイショした後、「メニューを提示して、後は顧客が自己責任でやってねというインテリ向きの銀行だと思います。オフレコですが、Citibankは円高予想の時に限って、円をドルに替えて預金すると高金利というキャンペインを張りますね。それに乗るか乗らぬかは顧客の自己責任での判断という立場がよく出ています」と言ったら、野中氏に「それ面白い、オンレコにしましょうよ」と言われてしまった。

 最後に「昔田原総一朗さんと対談したことがありますが、それよりは遥かに楽しかったです」と半分冗談で言ったら、「あはは、それは褒められたんだか何だか」という反応だった。             以上