うつせみ
2000年10月 7日

          「通貨が堕落するとき」

 「通貨が堕落するとき」(講談社 木村剛 389頁 \1,800)という本を通勤電車で面白く読んだ。全体の2/3は日本経済の裏を鋭くえぐるNon-fiction、1/3は日本経済の延長線上の予測を小説風に描いている。山一証券を山三証券のように分かり易く仮名化してある。

 山一証券と北海道拓殖銀行の廃業はデキレースだったそうだ。住専にたった6,800億円の公的資金を投入した際にマスコミ・世論がこぞって大反対した。銀行に少なくとも10兆円の公的資金を入れないと日本経済が崩壊すると憂えた大蔵省と自民党の一部が、金融会社が潰れるとどうなるか国民に身に染みて分かるように、護送船団から敢えて外したというのだ。結果的にこれで公的資金導入反対の声はピタリと止った。

 公的資金投入は他国にも例は多いが、全て行政が強権を発動し、駄目な金融機関は潰し、幹部の責任を追及し、生き残れる金融機関を峻別して公的資金を投入した。これに対して日本では銀行からの申請主義を採り、若干のリストラを条件にしつつも責任追及はなく、全員生き残りを目指した。共存共栄の日本文化でもあり、痛みを嫌う世論でもあり、荒療治に対する反発を受けて立つ権力者の不在でもある。

 大蔵省から金融監督庁(7月から金融庁)に移った検査部が金融機関を検査しても、大蔵省銀行局・証券局との力関係で「今対策の打てない問題点指摘は不安を煽るのみ」と問題の多くは秘匿された。問題点が隠されているから国内外の専門家は信用しなくなり、護送船団施策にほころびが生じ始める。だから益々公的資金増額が必要となる。銀行内部では一向に改革は進まず、特に国有化された破綻銀行は、仕事は楽になり昇給は抑えられるものの高給だしボーナスも出て、天国のようになってしまう。

 長銀のため大蔵省は奉加帳と公的資金で防戦したが、売り浴びせられた株安で信用を落とし破綻してしまう。長銀生き残り策で提携したスイスの金融会社との契約が、長銀の株安が続くと両社の合弁会社が有利な条件でスイス社に渡ることになっていたため、スイス社が意図的に株安を演出した。長銀の国有化後、長銀のエリートが米国金融会社に魂を売り、長銀をその米社に有利な条件で買わせる代わりに、改称新生銀行の専務に取り立てられる。新生銀で米社はデリバティブを使った大博打を打ち始める。当たれば米社の利益、外れても日本政府の支援が期待できるからである。

 もう一つ驚いたことがある。結局日銀は国債を引き受けることになったらしい。郵貯定期の大量満期の時期を乗り切るために資金運用部の資金が不足する場合、保有国債を日銀が一時的に買い取り3ヶ月後に売り戻す法案が、その程度なら仕方なかろうと大した反対も無く成立した。ところが条文によれば3ヶ月後にまた日銀に3ヶ月期限で買って貰える。以来国債の多くは国から資金運用部に売り渡され、そこを経由して日銀が実質上長期保有している。日銀側は、出世したい日銀幹部を自民党が抱き込んだ。大量発行の国債の市場価格が下がり等価的に長期金利が上がって大変だという騒ぎが、道理で最近は聞かれなくなり、不思議に思っていた。

 以上がNon-fiction部分である。私はすっかり信じてしまった。

 Fiction部分では、止めども無い公的資金投入と景気対策で国債と通貨量が膨張し「通貨が堕落」する。そして景気回復の兆しが見えた途端にインフレ、円安に見舞われる。この混乱で初めて護送船団を諦め新生銀を初め業績不振の銀行に業務停止命令を出したら半年で金融不安は解消した。加藤元幹事長と思しき政治家が首相になってから死の床で述懐して曰く、「橋本内閣のとき財政再建法案を作り必死に努力したが、正論にも拘わらずマスコミ・世論から袋叩きに遭い戦犯扱いだった。なまじ国力があるから先送りができる。それなら徹底的に先送りして行き着くところまで行かないと国民は痛みを伴う施策を受け入れない。インフレは真面目な国民を苦しめるが、国民がそれを望んだのだ。インフレのお陰で国債の償還に目途が付いたし、銀行・ゼネコン・不動産業界などみな助かった。これで負債も蓄えもないチャラの状態で他国と対等に日本は再出発できる。」

 皆さん、こういう将来に備えねばならぬようですぞ。   以上