うつせみ
1999年11月27日

              山吹の実を発見

 驚いたなあ、山吹の実を見つけてしまった。教養があり過ぎて山吹には実がならないものと頭から信じてしまっていたから。

 多摩ニュータウンの南に小山田緑地という都立公園があるとワイフが情報を仕入れてきて、日曜日11月21日の小春日和に車で出掛けた。東京国際ゴルフ倶楽部の南側の鄙びた白山神社に賽銭を納めて駐車し、神社の東側から裏手の谷戸に入り、池を縫いながら竹林に登った。木道に沿って山吹が沢山植えられていた。葉を落とした枝は最初野薔薇かと思ったが、直径 3 mmほどの小さなこげ茶色の実が二つ三つずつ固まっていて野薔薇の実とは異なる。僅かに残った葉を見つけたワイフが山吹だという。賛成しつつも実がなるはずがないと首を傾げ、狐につままれて帰宅した。

 あれは国語で習ったのだったろうか。何でも太田道灌が遠乗りで俄か雨に遭い、農家に駆け込んで出てきた少女に蓑を貸して呉れと頼んだら、少女が恥ずかしそうに山吹の花を差し出した。訳が分からぬまま蓑は諦めて帰り、その話をしたら学のある家来が居て、「七重八重 花は咲けども山吹の 実の(蓑)一つだに無きぞかなしき」という古歌があるという。恥じた道灌はそれから歌道に精進し、築城の権威でありながら当時の和歌の名手になったとかいう話であった。山吹には実がならないのだとその時教わった。山吹など何度も見ているのに、考えて見れば本当に実がならないのかなどと注意をしたことは一度もなかった。

 帰宅して参考書を検索してみると、この歌は11世紀に編纂された後拾遺集に醍醐天皇の皇子兼明親王の作として載っており、しかし最後が「かなしき」ではなく「あやしき」になっていた。「かなし」は「いとおしい・可哀相だ」であり、「あやし」は「不思議だ・珍しい・みっともない」という意味だ。この歌には注釈が付いていて、作者に蓑を借りに来た人に山吹の「枝」を与えたが、どういう意味だと聞くのでこの歌を贈ったと書いてある。「不思議だなあ」という意味で「あやしき」が原形で、少女の話に合わせて誰かが「かなしき」と誤り伝えたに違いない。

 歌集を調べている内にパソコンが立ち上がったので、CD-ROMで百科事典を引いてみた。山吹には「実がなる」と書いてあるではないか。但し最後に「八重の園芸種は実がならない」とも書いてあった。多分花を奇麗にしようと改良していく内に繁殖機能が犠牲になったのであろう。そう言えば歌は冒頭から「七重八重」とキチンと定義してあるではないか。多分高貴な親王殿下の周辺には園芸種の山吹しか無くて、実がないことを当然と思ってこの歌を詠んだに違いない。それを後の人が鵜呑みにして教材にも取り上げ、誤った先入主を醸成してしまったのであろう。学校で山吹に実がなるなどと聞いた覚えは無いもの。固定観念は恐ろしい。

 それにしても、後拾遺集の注釈に上記の話が記載されている以上、それをなぞったような太田道灌の話は出来すぎで創作に違いないと思う。では誰が何のために創作したのか? 私はここである可能性に気付いた。文学用語で言えば虚構である。

 太田道灌は少女に刺激を受けて詩歌の道に努力したと言われているが、そもそも歌道はそんなものではあるまい。才能と興味がないと大成しないだろう。刺激だけで大成すれば日本人は皆英会話の達人になっているはずだ。もともと太田道灌には歌才があったと見る方が尤もらしい。しかし戦国時代にあって武士が詩歌にいそしむなどは軟弱との非難もあったことは想像に難くない。道灌自身が「いや先日こんなことがあった」と家来になぞ解きをさせ、「そうか、拙者は恥をかいた。一念発起して詩歌を学びたい。」と宣言したとすれば、秀逸な言い訳になるではないか。戦略家の道灌にとってその程度はお茶の子さいさいであったろう。

 私は自宅でのHobbyとしてパソコンを組み立て、Javaを書くが、良い年をしてこんなことが出来るとマイナスにこそなれプラスにはならない。「某社幹部の秘書のお嬢さんがコーヒーを入れてくれて「//Sun原産です」という妙なメモを呉れたが意味が分からず恥をかいた。俺はJavaを勉強する。」といった言い訳が欲しくなることもある。      以上