うつせみ
1999年 7月18日

            八島湿原

 中央自動車道の諏訪ICからVenus Lineに入り車山、霧が峰、強清水経由で八島湿原まで行った。予報にも拘わらず幸いまだ雨は降っていないが、時々濃い霧が流れてくる。霧が峰と言うくらいだからな。車山、霧が峰は黄橙色のニッコウキスゲが満開だった。見渡す限りの山肌がオレンジ色に見えるほど一面に咲いており、その広がりは見事だった。今が盛りだ。一方地質や日当たりに関連するのだろうが、ニッコウキスゲとは排他的にユウスゲやアヤメも咲いている。

 八島湿原の駐車場は予想外にも満車で一部道路にはみ出していたが、幸いとある隙間に誘導して貰った。数台入っていたバスのナンバープレートを見て驚いた。大阪、名古屋、新潟、東京から来ており、「霧が峰の日光キスゲと八島湿原ハイキングの旅」などという標識を付けている。八島湿原は、噴火で谷が遮られて出来た湖に水生植物が茂り、枯れた部分が高冷地で腐らないため年々1mmずつ埋まって1万年かかってほぼ水平に埋め尽くし今日の湿原となった。尾瀬や戦場ケ原の湿原と同様の成因である。八島湿原はこういう湿原の南限に当たる。つまりこれより南では古い植物の腐敗による分解が進み湖が埋まることはない。湿原そのものは真っ平らなジメジメした草原で、尾瀬のように湿原を渡る木道がある訳でもなく、景色はよいがさして面白くもない。しかし水際から周辺の台地にかけて様々な高山植物が繁茂している。月ごとに異なる植物が花を咲かせる。今は湿原周辺はニッコウキスゲで一杯だった。その他多数の花が咲いているのでワイフは積極姿勢に転じ、霧が深くなってきたが雨は降りそうもないので、傘とカメラだけ持って一周一時間の周回に出発した。

 この時期一番目立つのはニッコウキスゲと、イブキトラノオ、アヤメ、シシウドである。ニッコウキスゲは日光の霧降高原に咲き揃うことで有名だが、最近は増えすぎた鹿に食われて往時の勢いは無いというから、同じ「霧」でもここ霧が峰が日本一かも知れない。氷河期に氷に追われて陸続きの大陸から日本列島に渡ってきて、氷河期の終了とともに高山に登ったという。毎朝新しい花が咲いて夜にはしぼんでしまうので、英語ではDay Lilyという。実際ユリ科である。だから鹿にとって美味なのかな。因みに夕方に開花するユウスゲも同種でほとんど同じ形をしているがこちらは真っ黄色である。滋賀県伊吹山から名付けられたタデ科のイブキトラノオは、白またはピンクの微小な花が指と同じ大きさに集って蒲の穂のように花茎の先端で揺れる本来は地味な花だが、一斉に揃って風に揺れる様は風情がある。アヤメは湿気の多い水脈に青紫の花を誇る。八島湿原のアヤメは、キリガミネヒオウギアヤメというここだけにある固有種で、中央に直立する花弁がペン先の形をしている。シシウドは周りの草から一頭地を抜いて高い位置に直径10-20cmの傘を数個さしたような白い花を咲かせるセリ科の植物で、草原の王者の貫録がある。

 八島湿原の目玉は実はベニバナシモツケソウで、真紅の微小な花が集まって炎のように咲くのだが、それにはまだ1-2週間早すぎてやっと1分咲きといった所だった。その他見かけた花は、ハクサンフウロウ、ウツボグサ、ショウマ、カラマツソウ、コウリンカ、ノアザミ、キンポウゲ、コバイケイソウ、ヤナギランなどであった。折から押し寄せた濃霧が幻想的な雰囲気を醸し出した。

 八島湿原周回道を7割ほど回ったところで遂に雨が降り出し、傘をさして泥濘を避けながら一周した。道一杯に広がる水溜まりの小道を行く要領をご存知ですか? 道の右端を右足で蹴り左端を左足で蹴ってジグザグに進むのが田舎のガキ共の生活の知恵です。

 ニッコウキスゲの中を行くVenus Lineは霧が益々濃く、昼間でも点灯する対向車のヘッドライトは百米で見えるが車影は五十米にならないと見えない。実は里から見れば高曇りに見える雲の中である。強清水の駐車場もバスとマイカーで満車に近かった。バッジを付けた中年女性が多い。自然園と蛙原(ゲーロッパラ)のニッコウキスゲの中を雨と草露に濡れながら小一時間傘をさして散策した。大自然の中で大分若返ってきたぞ。 以上