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− 今日の読書 −

John Postgate著
「社会微生物学――人類と微生物との調和生存」
関文威訳  1993年、共立出版
1997年9月23日

   約45億年前に地球が誕生し、約40億年前には海ができた。 約30億年前(最近では35億年前との説が有力)に生物が発生し、 約5億年前のカンブリア紀には現生の多細胞生物のもととなる多様な生物が出現した。 約25億年にわたる先カンブリア紀は、極めて単純な生き物である単細胞生物が、 ほとんど進化もせず、ただ無為に過ごしていた、退屈な期間であった ――というのが、一般的な見方であろう。例えば、好著である

スティーブン・ジェイ・グールド「ダーウィン以来<進化論への招待>」
浦本昌紀・寺田鴻訳  1984年(第3版)、早川書房

でも、「二十五億年もの間存続した先カンブリア紀の藻類群落の場合を考えてみよう。 その群落は単純な第一次生産者のみからなっていた。それは……生態学的には単調であった。 また、極めてゆっくりとしか進化せず、非常な多様性を達成することは決してなかった。」 と記述している。
 本当にこの25億年はそのような停滞し活力のない時代だったのだろうか。 実は、この25億年の生物史の中で、生命様式のすべてが開発されていたことを知るべきなのである。 カンブリア紀以降はその応用編に過ぎないのだ。 カンブリア紀以降の巨大な多細胞生物群の出現と躍進に目を奪われがちであるが、 それを支えていたのは目にもみえない微生物たちの活躍なのである。

 微生物は、原始大気の主成分の1つであったアンモニアを、 水と紫外線の力を借りて硝酸塩に変え動植物のタンパク質の原料とした。 また、硝酸塩を分解して窒素ガスを作った。
 微生物は、原始大気の主成分の1つであったメタンを、 やはり水と紫外線の力を借りて二酸化炭素とし、有機炭化水素の原料とした。
 微生物は、原始大気の微量成分の1つであった硫化水素を、 硫黄に変え、さらに硫酸塩に変えて、動植物の含硫黄タンパク質の原料とした。
 微生物は、…

 微生物は、石炭、石油、硫黄鉱石、鉄鉱石、ウラン鉱石、マンガン鉱石などの地下資源の多くを作った。
 微生物は、酢酸を作り、酒を作り、乳酸を作り、味噌を作り、ビタミンを作り、医薬品を作り、…、 食べたものの消化を助け、…、汚水を処理し、廃棄物を処理し、…、物質循環のほとんどすべてを担っている。

 我々多細胞生物のやっていることといったら、 わずかに植物による炭酸同化作用と動植物の呼吸だけといってもよいくらいである (この2つの作業も元をたどれば微生物に起源があるわけである)。 とにかく、微生物は、生命の基本様式を作り、地球の環境を作り、 また他の生物の栄養を作り、排泄物・廃棄物を処理し、再資源化を行っている。


 ここで生物の分類方法について簡単に述べておく。 伝統的な方法は、全生物を動物と植物に分ける方法であるが、 この方法は極めて多細胞生物に偏った見方に従っており、 微生物は不当に低く扱われていた。
生物の細胞構造の研究によって、原核性細胞と真核性細胞との区別が本質的であるとの考えが示された。 L.マーガリスは「真核性生物は原核性生物の群体として生じた」との卓見で知られるが、 彼女とR.H.ウィタカーによる「生命の五角形」では全生物を次の5つに分類する。
 @モネラ界…バクテリアと藍藻類
 A原生生物界…他の藻類と原生動物
 B植物界
 C動物界
 D菌類
の5つの界である。ここで@が原核性生物でA〜Dが真核性生物、 また@とAが単細胞生物であり、B〜Dが多細胞生物である。 この分類法は微生物を含めた生物分類として大変にわかりやすい。

 しかし、微生物を専門に研究するJ.Postgateらから見れば、 これさえも多細胞生物に偏った見方と映るようである。 生物分類において、界より上の階級である「域」を新たに設け、
 @原始細菌…メタン細菌、高温性好酸細菌、及び好塩性細菌
 A真正細菌…グラム陽性細菌、グラム陰性細菌、及び藍色細菌
 B真核生物…カビ、植物、原生動物、及び動物
に分類すべきだという。 @は現在の大気中にいる我々から見れば極めて特殊な環境で生活している生物で、 地球上に始めて出現した生物に非常によく似ていると考えられている。 Aはいわゆる一般の細菌と、かつて藍藻と呼ばれ藻類に分類されていたものを含む。 植物の葉緑体は、藍色細菌の共生体起源と考えられている。 @とAが原核性生物である。Bは多細胞生物すべてと原生動物を含む。


 もう一度確認する。微生物は、決して生物圏の脇役ではない。 微生物の総重量は、全動物の重量の25倍はあるという。 我々多細胞生物は、微生物の作った環境に寄生しているに過ぎない。
 微生物は30kmの上空大気の中にも、水深10kmの深海底にも、地中360mの油田の中にも、 沸騰する温泉の中にも、濃縮された塩水中にも、高レベルの放射線環境にも、 しっかりと自力で生存している。 「太陽が爆発して新星となるような宇宙の大異変が起こらない限り、 地球に生息する微生物には確かな未来が約束されている。 地球の全表面が高等生物にとって致命的なほどの最悪の環境になったとしても、 微生物は進化しつづける」のである。

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