お婆さんが家に帰って、桃を寝間に隠したところへ、お爺さんが息急き切って帰ってきました。
「爺さんどうしただ、そんなに慌てて。顔色が悪いぞ、化け物でも出たか」
「化け物だと? わしが山でしば刈りをしておったら、それは恐ろしい化け物の声がしただ。ズンドコドッコ ドッコイショ ズンドコドッコ ドッコイショ てな。あんまりおっかねかったから、しばを放り投げて帰ってきただ」
「何だ、それならわしの声だ。わしがこんただでっけえ桃を見つけたで、ばか力を出して家へ持って帰ったときの声だ」
「何? でっけえ桃だと? どれぐらいでっけえ桃だ?」
「びっくらしてこしをぬかすな。こんなでっけえ桃だ」
「うへえ、こらたまげた。こんただでっけえ桃があるとは。それにしても婆さん、よくこんなでっけえ桃を一人で持ってこれただな」
「ああ、ばか力を出しただ。ところで爺さん、この桃を切ろうと思うだが、こんなでっけえ桃を切る包丁もまな板も無え。どうすべえか」
「そいじゃわしが買って来たる。ちょっくら待っとれ」
お爺さんは、まず包丁屋に包丁を買いに行きました。
「包丁屋、包丁屋、こんただでっけえ桃を切る包丁はないか」
「何? そんなにでっけえ桃があるか」
「嘘だと思ったら家へ見にこい」
「見てやるとも、連れて行け」
お爺さんは、包丁屋を家につれて行きました。
「さあどうだ。これでも嘘だと言うか」
「うへえ、嘘で無えのか」
「さあ、この桃を切る包丁をくれ」
「こんなでっけえ桃を切る包丁は無え」
「何、無えだと? それならすぐ作れ」
「すぐと言われても1卜月はかかるぞ」
「そんなに待っていたら桃が腐ってしまう、今日中に作れ」
「そんな無茶な。どうしたって無理だ」
「じゃあ、一番でかい包丁を置いてけ!」
お爺さんは次にまな板屋にまな板を買いに行きました。
「まな板屋、まな板屋、こんただでっけえ桃を切るためのまな板はないか」
「何? そんなにでっけえ挑があるか」
「嘘だと思ったら家へ見にこい」
「見てやるとも、連れて行け」
お爺さんはまな板屋を家につれて行きました。
「さあどうだ。これでも嘘だと言うか」
「うへえ、嘘で無えのか」
「さあ、この桃を切るためのまな板をくれ」
「こんなでっけえ桃を切るためのまな板は無え」
「何、無えだと?それならすぐ作れ」
「すぐと言われても1卜月はかかるぞ」
「そんなに待っていたら桃が腐ってしまう、今日中に作れ」
「そんな無茶な。どうしたって無理だ」
「じゃあ、一番でかいまな板を置いてけ!
こうして、包丁とまな板を手に入れましたが、畳一畳の大きさのまな板を8畳分敷きつめてその上に桃を置くと、一間の長さの包丁が桃のてっぺんに届きません。
そこで次に、足場屋に足場を組んでもらうことにしました。
「足場屋、足場屋、こんただでっけえ桃を切るための足場を組んでくれ」
「何? そんなにでっけえ桃があるか」
「嘘だと思ったら家へ見にこい」
「見てやるとも、連れて行け」
お爺さんは足場屋を家につれて行きました。
「さあどうだ。これでも嘘だと言うか」
「うへえ、嘘で無えのか」
「さあ、この桃を切るための足場を組んでくれ」
「よし、できたぞ」
「えらく早いな」
「足場屋だからな、手早くやった」
これで準備はすべて整いました。お爺さんは長い包丁を持って、足場の一番上に登り、大きな桃のてっぺんに包丁を入れようとしたそのときです。
「ちょっと待ってください」
小さな子供のような声がしました。
「婆さん、変な声を出すんじゃない。せっかくこれから包丁を入れようとするときに、ずっこけるで無えか」
「何言うとるね、変な声を出したのは爺さんで無えのか」
「ちょっと待ってください」
「婆さん、いい加減にせんか」
「わしゃしらんぞ、爺さんこそふざけるのはよさんか」
「お爺さん、お婆さん、私は桃の子です」
「桃が喋るか。おい、そこの足場屋。おまえか、ふざけとるのは」
「いいや、俺は、そんなことしねえ」
「もうええ、とにかく切るぞ。邪魔するな。ええい!」
お爺さんが包丁を入れるのが早いかどうかというときに、桃はぱっくりとまっ2つに割れました。
お爺さんとお婆さんは、この男の子に桃太郎という名前を付け、それはもう大事に大事に育てました。桃太郎もお爺さんとお婆さんの期待通りの立派な若者に成長するのでした。
そんなある日のことでした。桃太郎はお爺さんとお婆さんの前に手を付いて言うのでした。
「お爺さん、お婆さん、わたくしを立派に育ててくれてありがとうございました。わたくしは鬼が島へ行き、乱暴な鬼たちを退治しに行きたいと思います。きっと無事な姿で戻ってきますので、どうか心配しないで待っていてください」
「しかし、あそこの鬼たちは強いぞ。幾らおまえが剣術を習ったとはいえ、適うような相手ではないぞ。何か策はあるのか」
「はい、お婆さんにばか力を習いました。それを使います」
「よしわかった。その覚悟なら、行くがいい。わしからは、包丁屋から取り上げたこの長い包丁と、日本一の旗をやるからもっていけ」
「わしは、きび団子を作ってやったから、これを持って行け。これを食えば、ばか力がたんと出るでよ」
「お爺さん、お婆さん、ありがとうございます。では、いって参ります」
桃太郎はこうして鬼退治の旅に出るのでした。
しばらく行くと、犬がやってきて、
「ワンフン、桃太郎さん、お腰に付けているのはなんですか」
「犬君かい。これはね、お婆さんが作ってくれたおいしいきび団子だよ」
「いいなあ、僕にも分けてくれませんか」
「だめだめ、これはお婆さんが作ってくれた大事なきび団子なんだから、上げるわけにはいかないよ。でも、私の家来になって、一緒に鬼退治に行くと言うなら1つだけ上げてもいいよ」
「行きます、行きます。そのきび団子を分けてくれるなら、喜んでお供します」
こうして、桃太郎は犬をお供に付けて鬼が島へと向かうのでした。
しばらく行くと今度は猿がやってきました。
「キャッキャッ、桃太郎さん、お腰に付けているのはなんですか」
「猿君かい。これはね、お婆さんが作ってくれたおいしいきび団子だよ」
「いいなあ、僕にも分けてくれませんか」
「だめだめ、これはお婆さんが作ってくれた大事なきび団子なんだから、上げるわけにはいかないよ。でも、私の家来になって、一緒に鬼退治に行くと言うなら1つだけ上げてもいいよ」
「行きます、行きます。そのきび団子を分けてくれるなら、喜んでお供します」
こうして、桃太郎は犬と猿をお供に付けて鬼が島へと向かうのでした。
しばらく行くと今度は雉がやってきました。
「ケンケーン、桃太郎さん、お腰に付けているのはなんですか」
「雉君かい。これはね、お婆さんが作ってくれたおいしいきび団子だよ」
「いいなあ、僕にも分けてくれませんか」
「だめだめ、これはお婆さんが作ってくれた大事なきび団子なんだから、上げるわけにはいかないよ。でも、私の家来になって、一緒に鬼退治に行くと言うなら1つだけ上げてもいいよ」
「行きます、行きます。そのきび団子を分けてくれるなら、喜んでお供します」
こうして、桃太郎は犬と猿と雉をお供に付けて鬼が島へと向かいますと、ようやく鬼が島の対岸の船着き場に着きました。
桃太郎と犬と猿と雉は1艘の船を借り、鬼が島へと船出しました。桃太郎と犬と猿と雉が力を合わせて櫓を漕ぎましたので、瞬く間に船は鬼が島に到着しました。鬼が島の城門は閉められていましたが、雉が門の内側まで飛んでいき、閂を外しました。猿も高い門をよじ登り門の内側に入り、内側から門を押し、門を開けましたので、桃太郎と犬も中へ入ることができました。そして桃太郎と犬と猿と雉の大活躍が始まりました。桃太郎は長い包丁を振り回して鬼たちに切り付け、犬は鋭い歯で鬼たちに噛み付き、猿は強い爪で鬼たちを引っ掻き、雉は鋭いくちばしで鬼たちの目を突っつきました。桃太郎と犬と猿と雑はなにしろお婆さんの作ったきび団子を食べていましたので、それはそれはすごいばか力でとても鬼たちは適いませんでした。
「降参です。何でも差し上げますから、どうか命だけは許してください」
「もうこれからは悪いことはしないか。もう決してしないと約束すれば、命は助けてやろう」
「はい、もう決して悪いことは致しません。この宝物を全部差し上げますから、許してください」
桃太郎は鬼から宝物を受け取り引き上げようとしましたが、ふと桃の置物のようなものに目を止め、
「あれはなんだ」
「え!あれですか? あれはだめです。あれだけは絶対に差し上げられません」
「どうしてだ。あれは一体どういう物なんだ。何でもくれると言ったではないか」
鬼の世界では、一度口に出したことは訂正ができないので、しぶしぶ
「仕方ありません。実はあれは船なのです。しかも漕がなくても世界中の海と川を自由に走れる不思議な船なのです。そしてもっと不思議なことに、あの船に乗っていると若返るのだそうです」
「それは良い船だ。私はこの船で行くから、犬君と猿君と雉君はのって来た船で行ってくれ。しばらく世界の海と川を旅するとしよう」
お爺さんとお婆さんは、桃太郎が鬼退治に行ってからもやはり昔どおりの生活を送っていました。
その日も、お爺さんは山に柴刈りに、お婆さんは川に洗濯に行きました。
お婆さんが川で洗濯をしていると、川の下の方から大きな桃が