ボン教


 チベットの民族宗教であるボン教は、トンパ・シェン・ラプという天啓を受けた師によって開かれた。西チベットのカイラス山のふもとで生まれた彼は、初め天界でボン教の教えを学び、慈悲の神、シェンラ・オカールに衆生の救済を誓った。三十一歳の時に世捨て人となり、禁欲生活を送りながら悲惨な苦しみにある人々を救うため、ボン教の教えを広めていったという。
 ボン教の教義には二つの分類法がある。一つは「四つの門と一つの宝典」と呼ばれるもの。「白い水の教え」は密教を扱い、「黒い水の教え」は物語、魔術、葬儀、贖罪を扱い、「ファンの大地」の教えは僧侶の戒律や哲学を扱い、「聖なる導き」の教えは偉大なる完成の教えであり、「宝典」はそれら四つの教えの精髄から成るものである。
 今一つの分類法は「ボン教の九乗」(ボン教の九つの道)と呼ばれるもの。「予言の道」では呪術や占星術などの儀式を扱い、「視覚世界の道」では精神物理学の世界を扱い、「幻想の道」では息災法における儀式の詳細を扱い、「存在の道」では葬儀を執り行い、「平信徒の道」は健全な生活を送るための十の原理を含み、「僧侶の道」では修行者の戒律が説かれ、「原初の音の道」では最高の天啓である曼陀羅への統合を説き、「原初のシェンの道」では、真のタントラの師を求めるための指導基準と、弟子を師に結びつけておく精神的な責任を説き、「至高の教え」では偉大なる完成の教えのみを論じている。
 さらに「九つの道」は以下の三つに統合される。最初の四つは「原因の道」で、次の四つは「結果の道」、九つ目は「乗り越えられぬ道」もしくは「偉大なる完成の道」と呼ばれている。それらは「経典」「智慧の教えの完成」「タントラ」「知識」という四種類、二百冊以上のボン教の聖典で説かれている。その他にも儀式や工芸美術、論理学、医学、物語を扱う聖典がある。ニンマ派の仏教と密接なつながりがあるボン教だが、「知識」の部門の宇宙論や宇宙進化論は独自のものと見ていい。
 このように、本来シャーマニズム的な民族宗教から発したボン教は、仏教と対立し競合するうちに、外見上はニンマ派の仏教と区別がつきにくくなった。その違いは寺院の中を巡る際に右回りをする仏教徒に対し、ボン教徒は左回りするなどわずかなものである。仏教化されたボン教は、中国本土では「黒教」と呼ばれ、そこに中国仏教や道教、易占などが習合している。その修行法は高藤聡一郎氏の『神秘! チベット密教入門』(学研)に詳しいが、仙道の修行法との類縁性を多分に感じさせる。

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