577頁の「21世紀の資本論」は歴史的データから経済全般を論じる。
Capital in the Twenty-First Century, Thomas Piketty,
Translated by Arthur Goldhammer, Harvard Univ.Press 2014
本書はNational Income=NI=国民所得を多用する。社会変革や価格変動が大きい歴史を見るには総収入NIの何倍という見方が確かに便利だ。
NI=GDP-償却費(約10%)±外国との収支 ≒ GDP x 90%
NIを(1)金利や地代など資産収入と、(2)給料など労働収入に二分し、
α=資産収入/NI β=国民資産/NI r = 資産の利回り=α/β
と定義する。国民資産は、(1)個人・私企業の私的資産(住宅・事業不動産・株など)、(2)公的資産(公立病院・道路など)、(3)慈善資産(教会・NGOなど)に分かれるが、公的資産はどの国も債務とほぼ相殺して小さく、(3)も小さいので、国民資産≒私的資産 である。国民資産は、(1)国内資産と(2)在外資産−国内外国資産 の和である。この他、
s=貯蓄率=貯蓄額/NI、g=成長率=NI伸率=生産性伸率+人口伸率
が定義される。先進国では α=30%, β=6, r=5%, s=10% 程度だが、αとβがWW2戦後から続伸中で、21世紀が資産の世紀になると心配している。
更に β= s/g という不思議な式が出て来る。検算してみたが、これは数学的な等式ではなく、g > 0 を前提に年数を重ねるとβはs/gに収斂するということだ。成長率gが低い21世紀は資産中心の社会になろうと。
第1次世界大戦=WW1までは世界は極端な格差社会だった。WW1と1929年からの大恐慌、それにWW2で私的資産が壊滅し、ご破算で再スタートしたため、1950年にはβが小さく労働収入中心で格差の小さい社会だったが、戦後の復興期にβは再び上昇し、1980年前後のThatcher / Reaganの「保守革命」の減税で格差も拡がった。2010年代では世界人口の0.1%が世界の資産の20%を所有する。人口1%が50%、10%が80-90%を占め、更に格差は続伸中だという。21世紀には20世紀初頭の極端な格差社会が復活しそうだとする。極端な格差は、戦後発達した民主主義と社会正義に鋭く対立し、21世紀最大の不安定要素になるから、その是正が焦眉の急だとしている。
21世紀には人口増が落ち付き、生産性向上は限られるから、経済成長率= g は1.5%程度に落ち着く。一方資産利回り= r は「今日の1万円と1年後の幾らが同等か」という心理に支えられて4〜5%を下ることはない。r - gが大きいと、労働収入の伸びよりも資産の利回りが大きいから、資産を持つ人は益々資産を増やし、格差が拡大する。加えて資産が大きいほど利回りも大きいとしている。個人資産の検証も行っているが、個人情報には限度があるので、公開されている米大学の基金運用実績で例証している。3兆円の基金を持つHarvardは年間1億円の費用を掛けて運用し年率10.2%の利回りを得ており、巨額の卒業生寄付も利回りと比べれば1/10以下に霞む。10億円の基金しかない某米短大では、1%の運用費用を掛けてもアドバイザを1/2〜1/4人しか雇えないので数%の利回りしか得られない。個人資産についても同様で、放置すれば大金持が利回りで益々金持になる。Bill Gatesは才覚で金持になったが、今や資産収入に比べれば労働収入は僅かで、起業家も資産を成すと不労資産家とあまり変わらなくなるという。
格差を抑える諸施策の中で最も筆者が推奨するのが国際累進資産税だ。金融機関にデータを出させて国際的に資産を把握し、毎年例えば(別頁に別の%提案もある)資産E1M(E=Euro, M=百万)以下は0%、E1-5Mは1%、E5M以上は2%課税すれば、EUなら人口の2.5%が課税され、GDPの2%の税収があるという。自由競争を維持しつつ、民主主義社会を危うくする格差の異常拡大を防ぐ手立てであり、税収は二の次だという。
Marxは、少数が資本の独占益を得て資本と格差は無限に拡大し、資本同志が闘い、労働者が革命を起こし、資本主義は自壊するとした。「19世紀の資本論」は産業資本が労働者を搾取する構図だ。「21世紀の資本論」はそれを資産一般の自己増殖に止揚した。本書最後の数行は「経済データをよく見よ」と論じ、貧者への想いを覗かせる。Refusing to deal with numbers rarely serves the interests of the least well-off. 以上