年初からの阪急交通社の坂東三十三観音霊場巡りを終えた。仏教用語で結願(けちがん)と言う。毎月1回の日帰りバスの旅を10カ月10回重ね関東一円に広がる頼朝・実朝指定の33ヶ寺を訪ねた。北端は中禅寺の立木観音、東端は犬吠埼の円通寺、南端は館山の那古寺、西端は伊香保の水澤寺だ。信仰心が篤い訳ではない。月1回の気分転換の外出が一つの理由で、未経験の巡礼というものを一度経験してみたい興味もあった。四国八十八ヶ所に何となく憧れがあるが荷が重い。坂東三十三ヶ所なら試行できそうだ、というのがもう一つの理由だった。ワイフは、自宅から白衣と菅笠で出て行くのだけは頼むから止めてくれと言った。私も迷っていたのだが、ガイダンスではそんなものは買わなくても普段着でいいと言われた。
その代わり寺での儀礼は習った。山門で合掌一礼し、通路の左側から入る。手洗所では柄杓(ひしゃく)に水を汲んで左手を清め、持ち替えて右手を清め、再び持ち替えて左手に水を受けて口をすすぎ、その左手を水で清め、柄杓を立てて流した水で柄を清めて終わる。線香を3本と蝋燭を1本立てる。千社札の代わりに最近は住所氏名を記した納札を容器に入れる。般若心経など数種類のお経を上げ、観音様の姿によって決まる「真言」を唱える。観音様に帰依するサンスクリット語が中国風になり更に日本風になったのが真言で、日本人にも古代印度人にも多分理解不能な暗号だ。帰路はまた山門の通路の左側から出て振り返って合掌一礼する。
観音様=観世音菩薩は七変化どころか33通りの姿で出現する(変化身=へんげしん)ことに因んで三十三観音だが、33ヶ所の観音像が必ずしも33通りに異なる訳ではない。大きくは聖観音が標準形で、頭上に10面または11面を持つ十一面観音や、合掌の手2本の他に40本の手がそれぞれ25本の働きをする千手観音などがある。本尊は厨子に納められていて拝めない寺が2割、本尊は厨子の中だがその前に身代わりの前立(まえだち)観音がおわす場合が4割、本尊がいつでも拝めるのが4割だろうか。有名な鎌倉の長谷寺では10米ほどの観音像が拝める。奈良の長谷寺の観音像と同一の楠から同時に彫り出した同一の観音像だと説明された。坂東三十三ヶ所には長谷寺が3箇所ある。鎌倉と厚木の長谷寺は「はせでら」だが、高崎には「ちょうこくじ」がある。いずれも奈良の長谷寺との関係を謳う。
1番札所の杉本寺は鶴岡八幡宮の東だ。浅草寺は13番札所だ。「江戸自慢十三番がこのくらい」という江戸の川柳は、江戸が寒村だった鎌倉時代の選定への不満と、江戸では13番でもこんなに盛んという自負がある。横浜の弘明寺は14番で、背後に京浜急行が駅を作った。宇都宮の19番大谷寺は、有名な27mの平和大谷観音ではなく、4mの磨崖仏を寺が覆っている。千葉市街地の29番千葉寺(せんようじ)は城主千葉氏の庇護で栄えた。
寺勢ますます盛んな寺もあり、33ヶ寺揃わなくては困ると廃寺寸前を救われた寺もある。住職が居ない無住寺もある。参加者は誰でも納経帳を持って来ている。和綴じ大判の手帳で、参詣の印に朱印=宝印と墨書が貰える。団体参詣のよい点は、お勤めをしている間に添乗員が寺務所に走り全員の宝印を貰ってくれる。住職の居ない寺では檀家がやってくれる。
阪急交通社は坂東三十三観音のために関東各地から合計毎月数十便のバスを出しており、八王子7:00am→立川7:40am発の便だけでも毎月3-4便ある。或る時八王子駅前の出発場所に行くと、アカ抜けした人が何人か混じっていて何時もと違うなと思った。やがて何とか合唱団という看板のバスが来てアカ抜けした人達を皆乗せて行った。我々の方は4割が老夫婦、4割が老女、2割が老年男性だ。腰が曲がっている1人の老人はガイドより道を良く知っているので、多分毎年同じコースを回っているに違いない。
試行の結論はどうだったか? 日頃行ったこともない場所に連れて行ってくれるのは有難いが、特に楽しくはなかった。ワイフと一緒なら別だが、そんなに朝早く起きると美容と健康に悪いと断られた。歩く楽しみがあるのかと思ったのだが、バスは門前に横付けするからそれも無い。だから大部分は徒歩で回れる秩父三十四観音を個人で開始し既に4割方の参詣を終えた。Orienteeringと思えば楽しいなどと不信心な感想だ。 以上