予想に反し米中貿易戦争が激化してきた。妥協に近付いていた李克強首相の路線に習近平主席が反対し、2020年の米大統領選以前に譲歩・妥協すべきでないと腹を決めたからだともいう。中国代表の晴れやかな表情をTVで見て決裂を予感した。折も折、同窓会誌に啓発的な論文が載った。
米中対立はなぜ深刻化したのか 露呈した「社会主義市場経済」の限界
東北大公共政策大学院院長 阿南友亮
「貿易戦争は中国の国力増強で米中の力関係に変動が生じた結果だ」という私を含む一般の受け止めに、「少し打ち水を提供」したいと、一段深い解説をしていて、私は開眼の想いがしたので、以下ご紹介する。
筆者はまず、中国経済は米国のお蔭で発展してきたのであり、米国に対して脆弱性があるという。中国の「一帯一路」は、米国に対抗する新しい国際秩序の構築を目指した(松下註:戦時中の子供の頃の双六に「大東亜新秩序」という枠があり、そこに入ると幾マスか跳ぶことが出来た)。しかし経済的に成り立たない案件への投資が多く、「債務の罠」や中止が起こっており、当初意図した求心力の発揮には至っていないと分析する。また華為=HuaWeiの締め出しで、通信インフラを抑えようという野望が危うくなっているとも。報復処置として米国からの大豆の輸入を制限したが、中国の養豚業が困窮し止むを得ず解除したという。
ケ小平が1978年に「改革・開放」を開始した時には、米国中心の世界市場経済システムに中国を適合させる意図だったと筆者はいう。即ち企業・土地・インフラ・資源・労働力を共産党の一元的統制から解き放ち、個人の権利が法律で保障される法治体制を目指したはずだった。しかしそれは共産党独裁の制限を意味した。1980年代には胡耀邦や趙紫陽などの改革派は、企業・政府・軍を共産党から切り離す方針を掲げたが、党内の既得権益派の抵抗に遭って潰えたという。胡も趙も失脚した。
以降も両派は対立を続けてきたが、既得権益派の江沢民が政権を取ったため改革派は連戦連敗し、党幹部と家族を中心とした既得権益派の富裕化が進み、格差拡大が生じたという。江沢民は党への不満を転嫁するために日米などを対象とする排外主義を煽ったとする。このため、台湾・尖閣・南シナ海などで日米と激しく対立したと分析する。。
2003年の胡錦涛政権は、既得権益を制限し、社会保障制度を充実し、日米との緊張改善に努めたという。しかし2007年の党大会で胡錦涛は子飼いの李克強を主席候補に据えることが出来ず、既得権派が担いだ習近平が主席候補の筆頭に躍り出た。このことで改革の矛先が鈍ったという。
このタイミングでLehmanショックが起こり、中国は莫大な財政出動で被害を最小限に留めたため、中国への敬意が高まり、逆に米国の権威が揺らいだと筆者は言う。このため既得権派は「変えなければならないのは中国の体制ではなく、米国を中心とした世界市場経済システムの方だ」と確信して、企業と市場に対する共産党の統制を強化し、漢民族優位と排外主義のNationalismを推し進め、強硬外交を採ったという。習近平政権の当初の対日強硬路線は記憶に新しい。米Obama政権は中国に宥和姿勢を採ったが、Trump政権は、米国と鋭く対立する中国を許容しなかったという。
中国が世界市場経済システムの中で力を蓄えるという、かって中国の改革派が指向した方向は消えて、いまだに企業が共産党の統制下にある「社会主義市場経済」が世界市場経済システムと対立する。Trump政権が中国に「構造改革」を要求しているのはこの故だと筆者はいう。
筆者は論文を次の文でしめる。「米中の対立は、中国側が外交交渉で大幅に譲歩するか、あるいは「改革・開放」の原点に立ち戻って構造改革に真摯に取り組まない限り、常態化する可能性が高いと筆者は考える。」
筆者の論旨を一言で表現すれば、習近平政権は「社会主義市場経済」こそが正しい路線だと信じて、しばしばそれを公言し、欧米の世界市場経済システムと対立するので、それをTrump大統領が許容しない故の貿易戦争であり、単に中国が強大になってきたからだけではない、ということだろう。質と量で言えば、量だけではなく質も問題だということだ。 以上