阪大入試の物理の出題ミスを1月12日に取り上げ、阪大が謝る必要は無かったのになぜ謝ったのか分からないと書いた。足立謙典氏・佐藤文孝氏など(深謝!)からご意見を頂き、阪大が謝った理由が判ったので補追させて頂く。問題は3つの正解 2d = nλ、(n-1)λ、(n-1/2)λがあるかということだった。面白いことに入試後に予備校が出した正解は、駿台は nλ、代ゼミは当初(n-1/2)λと出した後にnλに差し替えた。河合塾も当初は (n-1/2)λで、阪大が3つ正解と訂正後に従った。阪大は「今後は予備校の回答も参照して採点します」と発表した。Jokeとしては秀逸である。
振動の反射は、イメージし易い弦や針金の撓み振動で説明されることが多い。反射点には弦や針金を固定した固定端と、空間に浮いている自由端があるとする。中間は難しくなるからこの2つだけを説明する。そして
@固定端では逆位相の反射が起こるから 2d = (n-1/2)λで共振、
A自由端では正位相の反射が起こるから 2d = nλで共振、
と説明している。多分高校の教科書もこう説明しているのであろう。
しかし音波は撓み振動ではなく疎密波だ。弦や針金にも粗密波はあるが、針金の一端を固定しても端の上下動は止められるが疎密動は止められない。だから疎密波に振動論の固定端は無く、壁は音波に自由端として作用する。具体的にそう高校で教えているとは思えないが、原理から考えれば当然そうなる。私は阪大を信用し過ぎて、阪大が1つの正解を想定したと言うからそれはnλと信じて疑わなかった。だから謝らずに複数正解論は断固否定すべきだと思った。しかし実は阪大は(n-1/2)λを正解として採点していたそうだ。思えば出題には「固定壁」と書いてあった。位置を動かさない固定の壁と私は読んだが、出題者は「固定端の壁ですよ」と言いたかったに違いない。そんなものは物理的に無いにも拘わらず。
阪大もいい加減なものだ。恐らくは教授が大学院生辺りに問題を作らせたのだろう。受験勉強のベテランだった学生が固定端の公式通りの問題を作り、教授もそれを見抜けず盲判を押したに違いない。
そこに予備校講師から抗議が何度も来て、初めて教授陣が真面目に検討したに違いない。そこで音波に固定端はあり得ず、壁は自由端として働くからnλが正解と分かってしまったのだろう。さてどうするか。
[第1案]全部を説明して、(n-1/2)λを正解としたのは間違いでした、正解は nλでした、と正直に謝る。
[第2案]幸い「3つの正解がある」という誤解が寄せられた。「音波が壁でどう反射するかを問題で定義しなかったから、受験生が色々に考えても責められない。だから3つ正解があることにする」としてしまおう。物理的な説明はしない。説明すると阪大の間違いを説明しなくてはならなくなる。説明してもしなくてもどうせマスコミは分からない。誰かが物理的に解析しておかしいと言って来たら、上記「 」の説明で切り抜ける。
第1案は物理に正直ではあるが、「出題ミスや出題の曖昧さではなく、単に正解を間違えて採点していました」と白状しなければならない。第2案は物理に誠実ではないが、「誤りではないが誤解を招く余地があった」という立場を採れる「名案」だ。物理よりも面子を重視して阪大は第2案を採った。なめられたものだ。しかしなめられたと感じている人の話を見聞きしない所をみると、阪大の判断は正解だった。物理よりも面子に正解したことになる。それにしても東大よりも入学が難しいと言われる(少なくとも60年前には言われていた)駿台はさすがに立派だった。
嘆かわしいのは日本全体の知的レベルだ。公式ではない。私も公式など覚えていない。公式は試験前の一夜漬けで覚えて試験場で考える時間を節約するためにある(?)。円の面積が πr^2 という公式すら日頃使わないから覚えていない。今これを書くためにピザを無数のスライスに切り分け、互い違いに並べて長方形を作る思考実験をして記載した。公式ではなく、振動とはなにか、反射・共振とは何かの概念の理解が大事だ。Internet上の議論を見ると、多くは言葉は知っているが物理概念を間違えている。大卒など少なからぬ国民の常識になっていないことが嘆かわしい。 以上