目的なく点けた民放TVで、老教授が若い司会者と経済学者風の人からインタビューを受けていた。Yale大学名誉教授浜田宏一氏は、安倍首相のブレインで、アベノミックスの理論的支柱と紹介された。日銀総裁の白川氏は、東大経済学部時代の教え子で稀代の秀才だったとも。第一印象はあまり良くなかった。畳みかけるインタビューアに対する反応が緩やかなのが老人特有のペースと思えて心配になった。しかし発言内容は啓発的だとすぐ気付き、外国生活が長い人特有の、日本語が滑らかには出て来ない現象ではなかろうかと解釈した。聞くうちに教授への敬意が生まれ、主張に深い興味が生じた。後で知った所では、教授は私より僅か2カ月年上で、奥様は米人とか。日本で本を出版されたと聞き、早速Amazonで購入した。
「アメリカは日本経済の復活を知っている 浜田宏一 講談社 2013/1」
私は教養課程の経済学の講義以来経済学を正式には勉強していない。毎年のNobel経済学賞の授賞理由を見れば理解できる程度の門前の小僧だ。その私に本書の内容は衝撃的で、私の従前の理解を覆すものだった。
アベノミックスの三本の矢、金融、財政、成長のうち、「大胆な金融政策」のアドバイスをしておられる様子の教授のご主張は次のようだ。
(1)中央銀行が貨幣供給を増すと、需要供給の関係で物価が上昇し、貨幣安となる。
(2)輸入産業は困るが、それを上回る規模で輸出産業が潤い、海外シフトが止まり国内雇用が増える。
(3)国内経済が成長する。
教授はデフレと不況の混同を戒め、藻谷浩介氏のベストセラー「デフレの正体」で、正体は人口減少だとするのは上記の混同があるという。教授は金融政策で直接的には不況は解決しないが、物価と為替には即効があるという。その結果貿易を介して間接的に景気に影響が出る。これは世界の経済学の常識で、経済学者10人中8-9人は認めるそうだ。
ところが日本では、日銀と財務省が「金融政策はデフレ退治には効かない。デフレの真因は人口減少だ。日本経済は特殊で世界の尺度では測れない」として金融政策を放棄し財政によるデフレ対策に注力する。教授の主張は日本では異端で、10人中1-2人しか賛同者が居ないという。日本で日銀や財務省の主張に反する主張をすると、まず「ご説明」という名の説得があり、肯んじないと村八分になるという。Lehman危機以降米英欧は大胆に金融緩和をして危機を乗り切ったが、日本はほとんど金融緩和措置を取らなかった。その差分だけ円高になっているのだから、遅まきながら日本も金融緩和すべきだと、度々白川総裁に忠言したが聞き入れて貰えなかったという。だから教授は、日銀法を改正してでも日銀に金融緩和を本気でやらせないと駄目だと昔から安倍幹事長→首相にアドバイスしてきて、今回それが安倍氏の行動に結びつき、現に円安・株高になったという。
日銀は、日銀法改正をちらつかせる政治圧力で、2012年2月14日にValentine施策を定め、物価上昇率年2%以下を目途にし、当面は1%を目途に金融緩和をすると発表した。しかしそれは免罪符であって本心ではなく、以降本気で緩和策を講じていないと教授は言う。なぜ日銀・財務省が金融緩和に否定的なのかについて、本書は体系的には書いていない。しかしあちこちに書いてあることをヒントに、次のような理由であろうと私は理解した。(1)日銀は政府・財務省の介入を極端に嫌い、金融緩和を求めるほど反対の立場をとる。(2)日銀には、デフレは恐れないがインフレを極端に嫌うDNAがあり、物価上昇につながる施策はご法度。(3)今日本はデフレ・円高で企業・庶民は苦しんでいるが、給料が安定した高級官僚にとってはデフレは大歓迎で、かつ金融界は安定している。(4)金融緩和で怪しげな買入をして日銀の資産を棄損すると信用に関わる。(5)金融政策で為替が操作できることになると、財務省の介入権限が脅かされ、財政政策で景気回復の減税・補助金を行う権限も制約される。(6)物価が2%上がれば金利も2%上がり、国家債務の利子はやがて20兆円上昇し財政が痛む。(7)金本位制や固定為替制度下の古い貨幣制度では、貨幣高は国の誇りで強さの象徴だった。そういう古い頭の人が幹部に昇進している。
金融政策の重要性とアベノミックスの根拠をやっと私は理解した。以上