安倍総理「公認」のアベノミックス解説本だと広告しカバーに大書した新刊本「アベノミックスの真実」が4月25日に出た。著者の本田悦朗氏は昔から安倍氏と親しく、現在は静岡県立大教授 兼内閣官房参与だ。東大法学部1978年卒の大蔵官僚、外務省に出向し米ソ大使館・領事館、世界銀行・欧州復興開発銀行に勤務。四国財務局長、外務省審議官、財務省審議官。2012年静岡県立大に転職。安倍内閣発足で国際金融担当の内閣官房参与。「安倍総理が出版を勧めて下さった」とあとがきに書いてあったが、勿論首相が特定書籍を公認するはずはなかろう。ただ「公認」と言われてはどんな本でも読まざるを得まいと、早速広告の意図通りに購入した。
結果的には読んで良かった。安倍政権の考えを平易に説明した「公認本」の役割を果たしている。経済の素人にも判り易い解説になっており、素人はアベノミックスを前向きに理解して安心するだろう。反面「公認本」は懸念点や短所を抑制しているので、バランスのとれた見解には導かれない。短時間で読み上げられるから、一読されるようご推薦する。
本書は余談も含めて5章構成になっている。第1章「これがアベノミックスの真髄だ」では、日本で長年続いてきたデフレが、将来とも継続するだろうという「デフレ予想」を堅固にしてきたこと、デフレ予想下では家庭も企業も、(1)デフレに伴う不況の予測から将来に備えて貯金し、また(2)モノを買わず支出を抑制して年々価値が増す現金を保持することが合理的行動であること、その需要減がデフレを強めるデフレ・スパイラルに入ったことなどを説明している。この死の病を終わらせるにはデフレ予想をチャブ台返しすることが必須であり、それ無しには如何なる経済施策も効かないと主張している。投資家を初め国民全体に、これからは物価が上がりそうだと思わせ、デフレ予想をインフレ予想に変えるには、日銀の断固たる決意と金融政策が必要だったにも拘わらず、日銀はそれを避けて来たと非難している。日銀は常に「金融政策でインフレ期待を生むことは出来ない(松下註:そういう経済理論もある)。政府の政策の領域だ」と主張してきたが、安倍氏が選挙運動中に「日銀の金融政策を変えさせる」と口走っただけで円安・株高が起こったのが何よりの証拠で、日銀は間違っていたという。アベノミックスは「大胆な金融政策」を第一の矢とする。
私は日銀の秀才達がなぜデフレ退治をしなかったのかを不思議に思う。恐らく「金融システムを健全に維持する」ことを本務と考え、「金融界は健全だ。デフレは政府の責任。日銀がインフレ誘導などリスクを犯す必要なし。資金需要には充分応えているからこれ以上の金融緩和は効果なし」と考えて政治圧力には面従腹背で応えたのであろう。「日銀が金融界だけでなく国家経済に共同責任を持つ」か、または「政府の経済目標に日銀は従う」とするか、いずれにせよ日銀法改正が必要だと改正論者は言う。
本書の第2章「なぜ日本はデフレ国家になったか」では、日銀の不充分な施策こそが原因であり、政府が日銀を充分指導せずに構造改革にばかり注力した点に問題があったとする。私はそれに同意しつつも、経済の国際化が日本独特の雇用制度と真っ向から矛盾を来たし、その調整で国の総賃金が減少したことが大きな原因だとする別説にも賛意を表する。
第3章「アベノミックス批判に応える」は表題通りの内容で、いちいち丁寧に反論している。ただ私は「金融緩和は入口は容易だが出口が難しい」という批判は当たっていると思うが、本書では取り上げていない。出口で、日銀所有の国債を売却して資金量を絞るとしても、金利を上げるとしても、国債は値下がりして日銀の資産が痛むからだ。
第4章「私が見てきた社会主義経済」は面白いが本書では余談になる。
第5章「豊かな社会を目指して」は、第2の矢「機動的な財政政策」、第3の矢「民間投資を喚起する成長戦略」を論じているが、未定の部分が多いせいか具体論には乏しい。私は第3の矢が一番困難だと思っている。成長戦略では規制緩和を避けては通れない。既得権者が規制緩和に反対すると総論賛成各論反対になり、実効ある政策が採れないからだ。
批判はあるにせよアベノミックスの要点を平易に述べた良書だ。以上