福島の原発事故を快刀乱麻を断つ如く解明した新著を教えて頂いた。
炉心溶融・水素爆発はどう起こったか 石川迪夫 日本電気協会
著者は昭和31年東大機械卒の工博、日本原研退職後北大教授、日本原子力技術協会理事長から、国内外の原子力関係の委員を務めた。後輩が事故解明をしてくれないので「私たちが育てた後輩達にその力がないとすれば、出ざるを得ません。」と検討に入り、事故を完璧に解明した。私は事故後諸資料を20cm近く読んだ。そのどれともレベルの違う著作だ。政府・国会事故調査委員会報告書も、このたった1人の著作に色を失う。
まず事実関係。二酸化ウランのペレットをジルコニウム系合金の被覆管で覆った直径11mm長さ4mほどの燃料棒数万本が炉心を構成する。炉心は水で満たされた厚さ20-30cmの鋼鉄製の圧力容器に納められ、それが更に鋼鉄・コンクリート製の格納容器に入り、それが原子炉建屋に入っている。東北大震災では地震を検知した発電所は全て原子炉を正常に止めた。女川、福島第一、福島第二、東海第二の原子炉14基は数十分後に津波を被った。女川と福島第二は外部電源の一部が生き残り、東海第二と福島第一の5-6号機は非常用発電機が使えた。福島第一の1-2-3-4号機は7系統からの全ての外部電源を失い、非常用発電機も津波で奪われ、全停電となった。それでも無電源冷却装置が働き数時間から3日間は正常に冷却が続いた。それが途絶えて炉心が高温化し、ジルコニウムが水または水蒸気から酸素を奪って酸化し水素が発生して圧力が高まった。Ventと呼ぶ格納容器内圧の外気放出を行ったが、1-3-4号機で相次いで水素爆発が起こった。2号機はVentに失敗するうちに格納容器が壊れ重大な放射能放出になった。
本書はご親切にも331頁の第5章で本書を9項目に要約している。
(1)炉心溶解の主因は崩壊熱ではなく、ジルコニウムと水との反応熱だという。初耳の人が多いはずだ。原子炉停止後の燃料棒の発熱はウランの自己崩壊熱だと思われて来たが、崩壊熱で高温化したジルコニウムが水か水蒸気に接して酸化する(燃える)反応熱が主因だという。何時間か空炊きした後に注水した時に炉心溶解が起こり水素圧力が高まったそうだ。
(2)1-3号機で発生した水素は格納容器の上の遮蔽プラグというマンホールの蓋を持ち上げて建屋内に充満し、蓋がドスンと戻った衝撃で着火したと。私はVentの一部が建屋内に逆流したと思っていたが、圧力が上がったからVentもし、爆発もしたという関係だという。なお1号機の爆発で2号機建屋のBlow-out Panelが開き水素を逃がしたので2号機は爆発を免れた。
(3)4号機の爆発は、共通の煙突から3号機の水素が逆流して4号機建屋に流入したからだ。私は3号機のVentの逆流だと信じていたが、もっと長時間逆流したという。ただ素人には(2)を含めてVentの方が理解し易い。
(4)Ventで減圧すると残った水が減圧蒸発し水蒸気が燃料を冷やす。その時を逃さず注水すればジルコニウムの酸化は起こらず水素発生もない。しかしVentから注水まで2時間以上手間取ったから反応が起こったと。
(5)Ventに2系統あって今回は、圧力抑制室の水を通して水上の気体を抜くSC Ventを使った結果、放射能の漏れが意外に少なく、ここまでだったら近隣住民の避難すら必要なかったそうだ。しかし2号機はVentが出来ず、格納容器が破損して大量の放射能が飛散した。(6)〜(9)省略。
本書の事故解明の功績は大きい。献身的な現地作業者や技術者への称賛も同感できる。しかし愚見では「想定外」が多過ぎた。全停電の対策を考えていなかった。Blow-out Panelは隣の爆発で開いた2号機以外はなぜ開かなかったのか? Ventになぜ手間取り2号機は出来なかったのか? なぜ逆流するような共用煙突を立てたのか? これらは「起こるはずがない」と思い手抜きの設計をしたように私には見える。私に非難は出来ないが「今後は繰り返さない」反省は必須。その反省が本書には見られない。
「冷却が止まったら即刻消防車で海水でも泥水でも注水せよ」と1行危機マニュアルに書いてあったら(つまり机上検討していたら)事故は起こらなかったと私は思っている。廃炉を意味する海水注入を即座には誰も決断出来なかった。これを私はお手紙で筆者に確認しご賛同を頂いた。以上