防衛識別圏=Air Defense Identification Zone=ADIZは国際的な規約も登録センタも無く、各国が勝手に設定するものだそうだ。通常領海を越えた広範囲を設定する理由は、万一敵対航空機が侵入した場合にScramble=戦闘機の緊急発進が間に合うためである。敵対しない通常の航空機がADIZに入る場合は、予め何らかの形でADIZ設定国に報告しておかなければならない。当然レーダ網完備とScramble体制が前提である。それを持っていた米国が第2次大戦直後に始めた。日米の他にカナダ、インド、パキスタン、ノルウェー、英、韓、台がADIZを設定して来たが、11月に中国が尖閣諸島を含めて新たにADIZを設定したことが物議を醸している。
関連して飛行情報区=Flight Information Region=FIRがある。これを設定したのは国連下の国際民間航空機関=International Civil Aviation Organization=ICAOである。ICAO非加盟国と遠い公海を除き地球上空を全てFIRに分割している。FIRは管制センタを中心に航空交通業務を行う主体が決まっている空域である。大きな国は複数のFIRを持つ。内陸は国境線で区切られることが多いが、海上では恣意的に線を引く。飛行高度で分けられている場合は、下がFIR、上空がUIR=Upper IRと呼ばれる。FIR/UIRは権利よりも義務の行使が主だ。日本空域は全部を福岡FIRが負っている。隣接FIRは、仁川、平壌、上海、台北、Manila、Khabarovskなどだ。民間航空機は当然FIRに飛行計画を提出し、その管理下で飛行する。
米国は、本土、Alaska、Guam、Hawaiiに4つのADIZを持ち、素性不明の航空機が入って来たら緊急発進して確かめる。大陸間弾道弾が開発されてからADIZの重要性は米国では低下したが、日中韓ではホットになっている。日本に旧米占領軍が設定したADIZを日本は1969年に引き継いだ。それが与那国島を半分しかカバーしていなかったので、2010年に日本は与那国島をカバーするように拡張した。その際台湾のADIZと一部重複したため、台湾は遺憾の意を表した。東シナ海に大きく張り出した日本のADIZは当時の米軍の軍事力を反映している。韓国も同様に朝鮮戦争で米軍が設定したADIZを引き継いだので、北朝鮮や黄海に張り出しており、米軍が韓国だと思っていた竹島もカバーする。共に米軍の設定だから、最近まで日韓のADIZに重複は無かった。中国のADIZ設定が中韓間の領有紛争のある島々を含んでいたため、韓国は12月に島々を含むようにADIZを南に拡大し、日中韓のADIZは相互に重複した。日中台も重複した。理論的には2カ国または3カ国の戦闘機が同時に緊急発進してくる領域が出来たことになる。
日本政府は中国のADIZは不当なものだから全て撤回せよと言っている。米国は、中国のADIZ設定自体は否定せず、その設定の仕方が相談無く一方的で、しかも急であったため、地域の緊張を高めたと非難している。12月の韓国の拡張は米日中に根回しがあったため、各国から許容され、またその手続きは評価されている。
世界各国が設定しているADIZを、近年力を付けて来た中国が設定したくなるのは当然だろう。その際尖閣諸島を含めることも、日本ADIZと大きく重複させることも、どうせ合意が得られない事前協議を省いたことも、中国視点からは自然な発想と思われる。以前からそういう意図があり、米中関係の絶妙なタイミングを計って11月に施行したという観測もある。尖閣諸島問題で日本に圧力を掛けることも主要な目的の一つであったろう。
中国のADIZは日本には次の点で不都合だ。(1)尖閣諸島を含む。ADIZと領土とは直接関係はないが実効支配の一助にはなる。(2)世界のADIZは、FIRの管制センタへの事前通告がADIZへの通告の代替になっているらしい。中国は管制センタの他に国防筋への事前報告を求め、さもないと「防御的緊急処置を取る」という。国内Networkの問題なのか日本への圧力なのか。ただこれらは日本が「中国のADIZは不当で認められない」と世界で主張するには充分ではないように思える。米国を含めて世界の民間航空機は続々と中国ADIZへの事前報告を始めたようだ。日本だけが拒否していると、かってのソ連による大韓航空機撃墜事件のようなことは起こるまいが、何らかの事件が起こりそうだ。それも中国の狙いかも知れない。以上