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うつせみScience
2021年 7月 9日
             Axion

 Axionとは、洗剤の商品名でもあるが、あるはずだが見付かっていない素粒子の名でもある。後者の話をしよう。17種類の素粒子は標準モデルという堅固な構成表に整理されている。原子核を構成する6種類のQuark、電子の仲間である6種類のLepton,光子の仲間で方向性のある(Spin値がある)Vector Bosonが4種類、2012年に発見された質量を生むHigg's Boson 1種類は方向性の無いScalar Bosonだ。それにもう1種類のScalar BosonのAxionがあるのではないかと研究が進められている。もしあるなら、Axionは暗黒物質=Dark Matterの正体ではないかとも言われている。

 米誌American Scientistの5-6月号に、New Hampshire大のAxion研究の助教授Chanda Prescod-Weinstein女史が"Enter the Axion"という解説記事を寄稿した。私に初耳の点も多かった記事をご紹介する。

 超対称性理論=Supersymmetry Theoryという仮説がある。Quark/Leptonに対応する未発見のBosonがあり、Bosonに対応する未発見のQuark/Leptonが存在して標準モデルが一挙に2倍に拡大されると仮定すると、量子理論と一般相対性理論を統合した統合理論が出来るし、未発見の素粒子は暗黒物質を構成するに違いないという期待があった。2012年にHigg's Bosonを発見したCERN研究所の巨大な加速器LHCは、次に超対称理論で未発見の多くの素粒子の幾つかを発見してくれるのではないかと期待されたが、1つも発見できなかった。超対称性理論そのものが怪しいのではないかという段階になってきた。その反動で関心が高まったのが、暗黒物質はAxionではないかという仮説である。逆に、暗黒物質は、標準モデルの17種類の素粒子のどれでもないことは分っている。

 標準モデルにはLagrangianと呼ばれる方程式があって、17種類の素粒子は何れもその方程式の解なのだそうだ。解はそれ以外にもあって、理論物理学者は数学的に新しい解を求め、それが指し示す性質の新しい素粒子の可能性を実験物理学者に託す。Axionはその段階だ。2008年にNobel物理学賞を受けた小林・益川教授は同様の方法で当時4種類しかなかったQuarkを6種類に増やす提案をしたのが当たり、予測された素粒子が発見された。

 CP対称性=CP Symmetryという概念がある。CはCharge Conjugation=電荷の正負を表し、素粒子の電荷の正負を逆転しても性質が変らないことをC対称性という。PはParityで、鏡像にしても不変であることをP対称性という。方程式はCP対称性を維持するはずだが、或る実験または理論上の実験でCP対称性が破れる時は、標準モデルに不足があることが推察される。上記の小林・益川教授の場合もそうだった。今別の場所に同様なCP対称性の破れがあり、それを解決するために提案されたのがAxionだという。同時にこのAxionが持つはずの性質が暗黒物質に必要な性質とドンピシャだと言われるようになったそうだ。つまり、質量が比較的小さく、電荷は無く、安定長寿、ということだ。Axionは他の暗黒物質候補と異なり、方向性の無いScalar Bosonである。この点で容易に暗黒物質か否か分かる。

 Axionは、超強力な磁場の中では崩壊してマイクロ波の光子に変わることが推察されている。だからWashington大では超強力な磁場を作って、大気中に充満しているはずの暗黒物質からマイクロ波が出て来ないか実験しているという。同様な実験が世界各地で始まったともいう。

 量子理論と一般相対性理論を統合した統合理論の中で一番有望と見なされているのが弦理論=String Theoryだ。その中では色々な素粒子が仮定されており、上記CP対称性を解決しない素粒子も含めて、Axionに類似の素粒子"Axion-like particle"を総称してAxionと呼ぶ傾向があるという。

 筆者らは、シミュレーションで、Axionの存在で宇宙初期の物質の塊が現実に近付くか否かの研究もしているという。2022-23年にはChileの山頂に、宇宙の構造を超精密に測定できる光学望遠鏡が、米主導の国際機関で稼働する予定で、Axionの探求が更に進む。また中性子星は強烈な磁場を持つので、そこからマイクロ波が出ないか観測が始まる。これらは暗黒物質の探求であると同時に、Axionを通じて標準モデルを書き直す研究でもあるという。進展を期待したい。               以上