英国のEU離脱=Brexitに関するあらゆる対案を英国議会が立案したが自ら否決しまとまらない。協定なき離脱の可能性が高まっているという。
中央公論3月号の或る記事を見たくて購入したついでに、目的以外の記事も読破した中で、英国のEU離脱騒動の裏面史を解説した2頁の短い記事が興味深かった。@なぜ国民投票という愚かな政策を採ったのか、AずっとEU離脱に反対していたTheresa May首相はなぜ離脱に踏み切ったのか、ずっと私は疑問に思っていたが氷解した。国際政治学者細谷雄一氏の「イギリス政治の迷走を招いた指導力と勇気の欠如」という記事だ。
May首相の保守党=Conservative Partyは、今は下院650名の内314名で過半数を割っている。第2党の労働党=Labour Partyは245名だ。保守党は、北アイルランドから選出される18名のうち10名を占める民主統一党=DUP=Democratic Unionist Partyが、閣外協力で是々非々で保守党に賛同する協定を結んでいる。10名足しても過半数には2名足りないが、その他の政党の協力を得ながら綱渡りの議会運営をしているという。
ところが、May首相が折角EUとの困難な折衝で勝ち取った離脱協定案にDUPは反対したので、協定案が下院を通る見込みは無かったが、予想通り2019年1月には否決された。May首相はEUと再交渉したが実質的な改善は得られず、3月12日に再度採決され、3月末に3度目の採決が行われ、全て否決された。おまけに議会が8種類の対案を立てて投票したが、その何れも否決となった。つまりどんな案も議会は通らないということだ。
英David Cameron前首相はEU残留派だったが、2013年にEU離脱の是非を問う国民投票を実施すると選挙公約を掲げた。Poland元首相でEUの大統領に当たる欧州理事会常任議長のDonald Tusk氏はCameron首相に「どうして国民投票を決断したのか。余りにも危険でばかげている。」と問い掛けたそうだ。Cameron首相は「自分自身の党が唯一の理由だ」と答えたという。若くて人気があったCameron首相は、その故に首相に担がれたが、党の反EU勢力を抑える力が無かった。また反EUを掲げて躍進中の英独立党=UKIP=UK Independence Partyを食い止めるためには国民投票を公約するのがよいと考えた。党内の1本化と選挙対策だった。当時保守党は自由民主党=Liberal Democrats (議員11名)と連立を組んで過半数を確保していたが、親EUの自由民主党は国民投票に反対するに違いないから、連立のためには「止むを得ず国民投票は取り消す」ことになり、「国民投票が実施されるリスクはない」とTusk議長に言ったそうだ。
ところが案に相違して、保守党は2015年の総選挙で単独で過半数が取れてしまい、国民投票を実施せざるを得なくなった(その後の総選挙で過半数を割った)。事前の世論調査ではEU残留が多数を占めるはずだったが、蓋を開けたらEU離脱が多数となり、Cameron首相は辞職した。Tusk議長は「皮肉なことに彼は自身の勝利の犠牲者になった」と言ったそうだ。
先の米大統領選でも、事前の世論調査ではHillary Clinton氏が当選しないはずはなかったが、蓋を開ければTrump氏が勝っていた。私の理解では、EU離脱やTrump大統領に投票した人は政治意識が低く、事前調査でそう答えると、次には必ず「なぜ?」と問われるから、まともに答えられないことを恐れて、事前調査を拒否する率が高かったのだと思う。
EU残留派のMay首相の就任時に私は、May首相がのらりくらりとEU離脱通告をしないで時間稼ぎをすると予想していた。これも大ハズレだった。そんなことをすると保守党が分裂するからだという。国民投票の遵守という御旗であれば保守党が守れるという戦略だと。
日経B 4/1号に紹介されたFT=Financial Times 3/22号の記事によれば、May首相が3度議会に提出して3度否決された離脱協定案に拘る理由は、次の3点を満足させる案は他にないからだと。@保守党の結束を保つ。AEUと離脱で合意する。BEU離脱の公約を実現する。FTは、May首相が偉大な政治家と言われたいなら、@ABへの拘りを捨て、保守党を分裂させてでも英国の国益のために、もう一度国民投票を実施してEU残留の結果を導くための期限延期をEUに呑ませる努力をすべきだという。 以上