椿
椿の季節だ。伊豆大島では椿祭が行われており、椿を市花とする対岸の伊東市や周辺でも花盛りだ。日本人の主要ルーツは南中国・朝鮮・日本に広がる照葉樹林帯沿いに移動した民族だと言われるが、その照葉樹の典型が椿である。椿は16世紀にポルトガル人が日本から伝えたため、西洋では日本原産の花という印象がある。Wink社全社員に私が毎月発送した業務報告は Camellia Newsと題していた。実から絞る油は古来食用油・髪油・灯油・機械油として重宝されてきた。子供の頃に実を割って廊下に擦り付け光沢を出した覚えもある。「椿」は漢字ではなく国字で、春を告げる神聖な木という言い伝えを表している。「椿山」という椿が植わった数米の小山が全国各地にあり、手を加えると祟りがあるなどと言われている。紅椿の花言葉は「気取らぬ優美」、白椿は「完璧な愛らしさ」だそうだ。
ツバキ科には椿(camellia japonica)を初め、山茶花(camellia sasanqua)、茶(camellia sinensis=「支那の椿」、中国・日本の緑茶用sinensis種とアッサム紅茶用assamica種がある)、夏椿(シャラノキ)、榊、モッコクなどが含まれる。中国では椿を山茶といい、元々同義だったが、日本では転じて都はるみの歌の山茶花(さざんか)の名になった。山茶花は寒椿よりも早く咲き、椿と違って花弁がバラバラに散る。私が子供の頃から知っている椿は、真っ赤な5弁の花だった。大島アンコがニッコリ笑うポスターの背景の椿も同様だ。これが古来の自生種で、ヤブ椿あるいはヤマ椿と呼ばれる。50cmほどの樹高しかない植え込み用のヤブ椿もあるが、数米から十米以上にも達するヤブ椿の大木もある。「京ヤブ椿」というピンクの花もあるから、ヤブ椿も京都で育つと洗練されて上品なピンクになるのだろうか。
ヤブ椿の群生地があると聞いて興味をもったワイフと二人で出掛けた。伊豆高原駅の南隣の大川駅は、なぜか大川川(おおかわがわ)と呼ばれる天城遠笠山から流れ下る川の河口にある田舎駅だが、先祖の霊を敬う宗教団体「霊友会」の聖地の最寄駅として催しのある日には大変賑わう。駅前の案内図に従ってその聖地に向かって3.5km大川川を遡り、途中で案内に従って駐車し、沢音を聞きつつ杉の落葉をフカフカと踏みしめながら、かなりきつい登り道を 1km 30分登った所に大川自然椿園があった。「園」という印象ではなく、遠笠山の溶岩が風化崩落して出来た鞍部の沢の両側に数百本のヤブ椿が群生する山地だった。真紅の花を無数につけた椿の葉が日光を浴びて真っ白に光る。椿が自生する原風景を見ることができた。そこで踵を返して戻れば利口だったのだが、奥の方に続く遊歩道に誘惑されて空滝に迷い込み、遠笠山の溶岩の崩落絶壁の上を巻く大周回に入ってしまい2時間も山歩きをしたので、ワイフの点数を大分下げた。
伊東市小室山山麓の小室山公園椿園は、国内外の園芸種を集めて千種四千本と称している。例えば東横線起源と思われる「妙蓮寺」という種類はヤブ椿に近いように見えるが、紅・白・絞りがありそれぞれ別種と数えての話である。椿にはそれぞれに趣のある和名がついていて、名前そのものも面白い。外国で開発された横文字名の品種も多数植えられている。「城ケ崎紅」は日蓮上人ゆかりの蓮着寺周辺の原生林の椿であろう。「侘助(わびすけ)」という控えめに半開きの小ぶりの花は、古い日本人の美感に訴えるものがあったらしく、「太郎冠者」を先祖として江戸時代以来色々開発され、赤、ピンク、紅白の絞り、白などの三十数種を誇る。面白いことに「昭和侘助」は開口角が大きくより近代的だ。「笑顔」という品種は名の通り大き目のピンクの八重が180度に開花する。釣鐘状のピンクの花が真黄色のおしべを包む形も昔の人の好みに合致したのだろうか、「王将」「太郎庵」「島娘」「古城の春」など数多くの種類がある。「明石潟」は明石原産だろうか9 - 10cmの大型の真紅の花だ。「加茂川」は京都産なのだろう、大き目の白い花で黄色のおしべが印象的だ。
昨年購入したJudy Wongの版画が気に入っているのだが、墨絵のように黒白だけで描いた逆光の障子窓に置かれた吊花器に、真紅のヤブ椿3輪が鮮やかに浮かび上がっている。ウム、椿もいいなあ。 以上