日本語の「エコノミスト」という週刊誌がある。英The Economist(読売新聞が提携)とは資本・人材・提携上一切関係無く、毎日新聞が発行している。新幹線に乗るのに読物が払底し、表紙を見て写真週刊誌とどちらを買おうかと一瞬迷った後エコノミスト8/12・19合併号を購入したのが大当たりだった。「資本主義をとことん考えよう」という力作特集号で、「21世紀の資本論」に触発されて15項目の記事を掲載した。私は保存版とすることにした。毎日新聞社は他と同様の軽い週刊誌「サンデー毎日」を持っているが(から)、エコノミストは極めて真面目な経済誌だ。15項目の1つに一橋大経済研教授森口千晶女史が、Pikettyと同じ手法で日本の資本主義120年をなぞった論文があったので以下にご紹介しよう。
日本でも2000年代から格差社会が論じられるようになったが、Pikettyが高収入者を論じるのに対して、日本では低所得層が問題化している。
日本の格差は次の5期に分かれる。@産業化が急伸した明治大正時代は、富と所得の偏在が著しい格差社会だった。AWW2の軍事統制で富裕層の資産からの所得が急落し、劇的な所得の平準化が起きた。B戦後の民主改革で更に富の集中が解消された(松下註:地主の土地を安価に小作人に分け与えたので地代消滅。財閥解体。預貯金凍結の間にインフレで富が消え、多額の戦時国債もインフレで紙屑に)。また累進課税と日本型企業システム(松下註:貪らない幹部)の形成で「平等社会」になった。C高度成長期にも「格差なき成長」。D90年代後半から上位所得者の所得シェアは上昇したが、歴史的にも国際的にも大きな変化には至らなかった。
Pikettyの貢献の1つは、税務統計から国民所得中に占める富裕層の所得の割合を求め、所得格差の指標としたことだ(松下註:マクロ経済学では画期的なことらしいが、なぜ今までなされなかったのかが私にはむしろ不思議)。この手法はまたたくまに世界の研究者に広まり、27カ国の指標が推計され、成長と格差の研究が進展しようとしている。
日本では欧米より早く、日清戦争前明治20年1887年に所得税を導入したので120年の統計がある。また欧米より遅く1890年代から産業化とGDP上昇が始まったので、産業化と格差をデータで追える世界でも貴重なケースである。成人人口の1%の高額所得者を富裕層と定義し、その税引前の所得が総個人所得に占める割合を「上位1%シェア」とする(グラフ添付)。1940年までは上位1%シェアは16-20%を占めたが、WW2で急落し、1950-2000年までは6-8%で推移した。2000年以降上昇したが10%には届いていない。所得を労働所得=給与所得+事業所得、資本所得=不動産所得+配当利子所得に分類する。戦前はこれらが富裕層の所得を2等分または4等分に近い形で構成していた。つまり半分は土地と株式から来る資本所得だった。しかし戦後は給与所得が7-8割を占めている。つまり資産家が消滅した。
更に上位0.1%の大富豪の「上位0.1%シェア」を見ると、戦前は8-10%で欧米諸国並み、戦後は2%前後でこれは米英を除く先進国並みである。米英だけが特異で、米英では1980年代から上昇し始め最近では米は7-8%、英は5-6%に達している(松下註:米英が特異な理由は、Reagan / Thatcherの「保守革命」で、富裕層減税で富裕層が奮起したと言われる)。
明治大正期の経済発展は、富裕な商工業者・大地主が大企業に資本投下し、企業の利益還元で資本蓄積が更に進み、それが再投資されたことに支えられた。しかし1938年の国家総動員法で、配当・利子・地代・重役報酬に厳しい規制が掛かり、更に戦争による破壊と戦後のインフレが富裕層に大打撃となった。また累進所得税・相続税が富裕層に厳しかった。
戦後の経済発展では、系列企業と銀行が株式を保有し(松下註:株の持合いと一般庶民の所有拡大)内部昇進によるサラリーマン経営者が一般的となり、企業別労組が企業に参画し(松下註:労働者の厚遇を勝取り)、幹部報酬は抑制され、平等社会の日本型企業システムが出来上がった。
愚見だが、1990年以降Knowhow時代からKnowwhat時代に移行した際に、この平等社会の日本型企業システムが齟齬を来たし、Knowhowが依然重要な自動車産業などはよいが、電機産業などは行き詰ったのだと思う。以上