「俺は中国を知らなかった!!」と痛感させられた1冊を読んだ。
The China Strategy, Edward Tse, Basic Books, 2010/3
筆者は香港生まれで米国で教育を受け、米国と中国で事業戦略関連のコンサルをしている実業家らしい。China as No.1といった感じの本だった。
The China Strategyとは、中国進出のための戦略といった小さな話ではなく、(中国が必然的にその一環を成す)企業の世界戦略だと筆者はいう。中国は19世紀末の米国と同じで、これから中国の世紀が始まるから、今米国抜きで企業の世界戦略が成り立たない如く、これからは中国抜きの世界戦略はないともいう。その心は、(1)益々巨大化する中国市場と、(2)製造拠点としての実力だ。賃金上昇によって低賃金の人海戦術は駄目になってきたが、代わって高生産性・高付加価値の製造業が力を付けて来ており、優秀な若者を採用したR&Dが盛んになっているという。7-10世紀に世界の超大国だった唐への回帰を狙うRenaissanceだとも筆者はいう。
ケ小平は高度成長期の日本で新幹線や新日鉄を見学した直後の1978年に「改革開放」路線を採り、翌年のNew York訪問で確信を強めたが、保守派の抵抗があり、また逆に自由化が天安門事件(1989)を起こし、路線対立の時代があった。1989年に公式には引退したが依然発言力を保ち、深セン・上海などを視察した後1992年の「南巡講話」で改革開放は不動となった。ここまでは私でも理解していたが、本書で学んだのは、ケ小平時代、朱鎔基時代、胡錦濤時代の3フェーズだ。ケ小平は国際化との間合いを計っていて、外国企業は経済特区に閉じ込めた。経済通の朱鎔基首相は、勿論ケ小平の了解のもと、1990年代に国際化の路線を採り、外資100%の進出を認めて国内企業を鍛え、多くの国有企業を閉鎖して私企業を奨励し、遂にはWTOに加盟した。胡錦濤主席は成長一辺倒を改め、2002年に「和諧社会」(諧=調和)を掲げて、(1)格差縮小、(2)環境、(3)教育、(4)保健、(5)労働者保護を進めた。段階に応じた適切な大方針には感服の他は無い。
中国市場は開放されていると筆者はいう。ウソツケと最初思ったのだが、説明を読んで納得した。中国政府は絶対に外資を許さない国益領域を明確に定義しているという。それは、(1)既存の中国の銀行への支配的出資禁止、外資銀行は100%可、(2)自動車は50%合弁まで、(3)通信・メディア・エネルギーは国策会社、などである。それ以外は大幅に外資に自由を与えているということだ。日用品などは完全に自由化されている。
中国の政府は、民主主義にはまだ道遠い過渡状態だと私は思っていたが、その考えは間違いだと筆者は言う。中国は西欧とは異なる独特な道を発見したのだと。十億人の中国を治めるには共産党による独裁が必須だと考えているという。但し毛沢東時代の共産党はブルジョアとその思想を排し闘う労働者の代表だったが、現共産党は国を治める組織となり、私企業の経営者なども共産党に招き入れている。マルクス主義からの変質だ。
共産党が独裁政権を維持することを最優先で考えれば、天安門事件やチベット族・ウイグル族鎮圧は必至だ。Google、Twitter、Facebookの禁止も、あるいは通信会社やメディア会社の統制も論理的帰結だ。民権は大幅に制約されているが、極めて適切な施策で驚異的な経済発展を実現し、国民の高い支持を得ている。つまり国民を政治参加以外の方法で満足させ政権を維持している。独裁政権だから何でもやれる。うらやましい。
独裁は上手く行かないという実例が近代世界史に山ほどあるにも拘わらず、なぜ中国だけは例外的にうまく行っているのか。国民の預かり知らぬ所で決まる指導者に、何らかの仕組みで優秀な人格者が選ばれているようだ。日本の政治体制よりも、Bush大統領を選出した民主主義よりも結果的にうまく行っている。独裁者が失敗する典型は、国民の幸せよりも権力維持を優先する点だ。中国の指導者は共産党政権の維持には固く拘るが、指導者個人の保身のために他を犠牲にしているようには見えない。何らかのチェック機構が働いているに違いない。賢い不思議な国だ。
本書には、中国での事業に成功または失敗した外国企業や中国企業の実例が数多く掲載されており、ビジネススクールの教材のようだ。 以上