東大の大学院経済学研究科長・経済学部長の伊藤元重教授の講演を聞いた。期待通り非常に興味深い講演だったので、その概要を以下にお伝えしたい。教授はまず現在の世界不況の要因から説き起こした。
第2次世界大戦後にBaby Boomが起こり、しかしその後産児制限が普及した結果、世界経済の75%を占める米日欧では現在60歳以上の人口が大きく若い人が少ない歴史上初めての異様な人口分布になっている。高齢者は若い頃からの蓄えを維持している反面、既に何でも持っているから消費力が弱い。結果として金余りが生じた。加えて、米国以外はほぼ全て貿易黒字でやってきたので(松下註:オイルマネーや中国の貿易黒字が典型的)その金が投資先を必要としてきた。これらの余剰資金が換金性の理由で米国に集まり、投資ファンドなどを経由して@BRICs、A不動産、B資源に投資されてきた。このような余剰資金がバブルを起こした。
もう一つの要因は技術発展だ。1930年代の大恐慌の前に自動車技術の発達によるバブルがあった如く、今回もIT Digital技術の発達が背景にある。IT株式バブルは2000年に終了したが、ITユーザにバブルが移行した。例えば光ファイバが余り、極めて安価に提供されている。これが@世界中の情報を実時間で組み込んだ金融工学の発達を促し、A流通のGlobal化をもたらし中国・インドなどを世界経済に組み込んだ(なるほど!! 毒ギョウザ事件の背景にIT技術があるとは気付かなかった!!)。これらのバブルの結果、2000-2007年の世界経済はかってない高成長率であった。そのバブルが弾けて、米国の住宅価格の上昇基調が崩れSubprime Loanが破綻したことを契機に、米金融危機が発生して世界不況に拡大した。
世界不況は、各国の最弱点を突いている。米国では、積年の問題である自動車のBig 3を例外として企業は健全である。しかし8人に1人が支払不能に陥り、金融機関が傷んで信用収縮が起こり、個人消費が縮小した。日本は逆に個人も金融機関も健全だが、輸出依存の企業が苦渋している。欧州は発展途上の東欧が傷み、Icelandの金融バブルが弾けた。その影響で英国を筆頭に先進欧州諸国の金融機関が苦しくなった。アジアはそれに比べて元気だ。韓国はWon安を巧みに利用している。韓国は前回の金融危機でWonを買い支えて外貨準備が底をついた苦い経験を踏まえ、今回は一切買い支えをせず外貨準備を温存した。韓国政府が何時Won買いに出るか判らないからWon安指向に歯止めが掛かっている。中国は、世界不況を内陸開発・内需拡大の好機と捉え、中央政府で55兆円、地方政府を含めて100兆円の景気対策費を出して内陸インフラなどを進めている。
日本は、自動車と電機を中心とした輸出バブルがあり、トヨタは輸出比率が60%超だったから今回激しい影響を受けた。一方農業・介護・環境といった内需産業がふがいない。その支援強化が一番の景気対策である。かって多すぎた銀行が再編したように、輸出で伸びた企業の選択集中と再編が必要だが、終身雇用制がそれを妨げている。日本の労働人口60M人のうち、製造業に10M人に居るが、ここから2-3M人が転出せざるを得ない。雇用確保は企業の責任としてきた日本の伝統は限界にあり、世界の潮流に合わせて雇用確保は国の責任としなければならない。Denmarkでは、失職しても職業訓練に通う限り最大4年間は月収の8割を国が補償する。
日本の高齢者は、生涯に使う金の4倍の蓄えを持っており、これを使わせないと日本の景気は良くならない。使わない理由は老後の不安である。だから消費税を20%にしてそれを還元し、老後の安定を提供すべきだ。
日本の内需産業はだらしない。水産業に日本は優れた技術を持つが、世界の水産業の中心は供給事業である。日本では自治体が供給を担うため供給企業や供給ノウハウが育たず、優れた技術を下請けに使われている。これから世界は食料不足の時代に入るのに、減反政策は異常である。テレビを買う人が増えたらメーカは喜ぶのに、老人医療ニーズ・介護ニーズが増えたら困ったことだと抑制にかかるのは発想が乏しい。世界から患者を受け入れる医療施設を育てるような前向きの施策が望まれる。
教授のご宣託は、不況脱出の先鋒は米国と中国とのことだった。 以上