10月8日の USA Today紙は、「Tiffanyにも出せる」宝飾用ダイヤモンドの合成に米国の起業会社Apollo Diamond社が成功したと伝えた。エメラルドやルビーなど、ほとんどの宝石は今や合成や再結晶が可能なのに、宝飾用ダイヤだけは天然ものの採掘しか無いのは残念だと思っていた。Apollo社は、今年末までには宝飾用品質の10カラットまでのダイヤを合成出来るようになり、来年には多分現市価の1/3で宝石市場に出せるという。
ダイヤの工業応用としては、昔から実用されているガラス切りやカッタや研磨剤としての用途の他に、半導体やレーザの材料としても優秀であることが知られてきた。百数十度までしか使えないシリコンに代わって、もっと高温まで使うことが出来、しかも熱伝導率が良いから冷却が容易で、従って超小型の半導体素子が出来る期待がある。しかし高コストと、所定の形状に加工する困難さが大きな障害となってきた。
1955年にGE社は、巨大な装置で炭素を高温高圧にしてダイヤを合成することに成功した。しかし宝石にするには純度とサイズに問題があり、工業用途に限って生産している。1990年代にロシアで開発されたダイヤ合成装置が米Florida州のGemesis社に持ち込まれ、同社は炭素を58千気圧、13百度に閉じ込めて黄ダイヤを合成している。半導体やレーザの用途には純度が不足だが、宝石としては充分通用し、1カラットのものが出来る。まだ少量だが価格は天然黄ダイヤの1/4だという。このように高温高圧では、炭素は最も密度の高い結晶体であるダイヤに変わる。同じくロシアの技術で、爆発で微細なダイヤ粉を作る事業を考えている日本人が居る。
高温高圧法の他にCVD=Chemical Vapor Depositionという方法もある。シリコン半導体素子や光ファイバの製造にも広く用いられる技術だ。ダイヤの場合は、水素と炭化水素の蒸気(Vapor)の雰囲気中に種となる平板状のダイヤを置くと、種の結晶と整合する形で炭素原子が付着して1週間ほどでダイヤが成長する。この時の温度と圧力にノウハウがあるらしい。Apollo社のダイヤは純度が高く、また基板状にも作れる。Boronなど不純物を微量に加えて半導体素子を作ることも出来る。CVD法はApollo社の他、住友電工や、宝飾用ダイヤの独占企業 De Beers社など比較的少数の会社が開発してきたが、その中でApollo社が一歩抜きん出たという。
Apollo社の共同創立者Robert Linares氏は、米New Jersey州Rutgers大で材料工学の博士号をとってBell研に入ったが、高速半導体材料のガリウム砒素の単結晶材料を製造するSpectrum社を創立し、米最大の供給者となった。その会社を売却して今度はApollo Diamond社を設立した。工業用ダイヤが少し売れ始めた頃、実験中の酸の中に週末に置き忘れたダイヤが、月曜朝来てみると全く見えなくなっていたそうだ。実は透明な宝飾品質のダイヤが出来ていたのだが、表面の不純物で気付かなかったのだ。
Apollo社は、宝飾用が出来るとは夢にも思わず高純度の工業用ダイヤを狙っていた。しかしダイヤは出来ても素子や応用の開発を待たねば売上は伸びないと危惧していたが、世界で$60B=6兆円の宝石ダイヤ市場で売れれば早速商売になる。別会社化して宝飾専門家に任せ、得た資金で工業用開発を加速できると喜んでいる。将来工業応用では、ホログラム記憶のヘッド、武器としてのレーザ、人工衛星から夜間に地上写真を撮るフラッシュ、高速半導体素子、など無数の用途があると期待されている。
Apollo社の最大のリスク要因は実は De Beers社だという。視野に入ってきた合成ダイヤに危機感を抱いた De Beers社は、天然ダイヤだけが本物で合成は偽物というキャンペーンを盛んに張る一方で、「合成ダイヤ摘発の技術を磨くために」CVD合成の研究に拍車を掛けているそうだ。
USA Today紙のWebアンケート「合成ダイヤを買いたいか?」に対し、a.「本物だからYes」が79%、b.「古い人間にはNo」が17%、c.「Diamonelleの方がいい」が4%だった。辞書にないDiamonelleはダイヤの似合う女性かと仏語の生半可知識が示唆したが、模造ダイヤのことだった。最近のCubic Zirconiaはダイヤとほとんど区別できないから、私はc.だが、尋ねるまでもなくワイフはb.だろう。その心理は判らん!! 以上