1990年のNobel物理学賞受賞者のJerome Friedman MIT教授(1930-)の講演を東京大学で聞く機会を得た。高齢を感じさせない足取り、頭の回転、明瞭な語り口、Jew's Noseが印象的だった。Exploring the Universe at the Largest and Smallest Distancesという表題だった。最初はつまらなかったが、宇宙の総質量の73%が暗黒エネルギー、23%が暗黒物質で、人間や建物や星を構成する原子は僅か4%という所まで行って、では原子の話をしましょうと言ってからが教授の専門分野で話は面白くなった。
陽子の質量と容積は判っていたので、質量の均一分布を仮定すると質量密度は低いので、高速電子をぶつけても若干減速するくらいの効果しか無いはずだった。しかし東海岸から西海岸に通ってStanford大の西で280号線を跨ぐ線型加速器SLACを使った教授の実験では、電子の大部分はほとんど影響なく陽子を通過し、極く少数の電子が何かにぶつかって跳ね返る現象が観測された。それで陽子はほぼ空虚な中に質量密度の高い微小な粒子が存在する下部構造を持つことが実証され、その功績でNobel賞を受賞した。この微小粒子が後にQuarkと名付けられ、陽子も中性子も2種3個のQuarkの異なる組合せから成ることが判明した。素粒子物理の開幕だ。
振り返れば教授の講演の主題は「宇宙は空虚である」ことだった。Big Bang以来137億年で今や460億光年に広がった宇宙には千億個の銀河があり、銀河には平均千億個の星があるから、総計10^22(10の22乗)個の星がある。しかしその星の質量を総計しても宇宙の質量の1%にもならないという。あとはガス状の質量が3%あって上記の4%だ。それが希薄に広がる。
炭素原子の大きさは10^-10mだが、原子は電子とQuark 42個から構成されていて、それらは各々10^-19mに過ぎないから、原子はスカスカだという。原子を地球の大きさに例えれば、Quarkや電子の大きさは5 mmで、地球の大きさの中に5 mmのものが42個存在するようなスカスカ状態だという。体積比で言えば 3 x 10^-25 の実体しか含まれていないという。
あなたも私もこの机もスカスカQuite Emptyですと教授は言った。だから電荷を持たない中性子線やNeutrinoはほとんど影響を受けずに物質をどこまでもすり抜けて行く。しかし手で机を持ち上げられるのは、手の原子と机の原子の電荷が互いに或る距離以下に近付くことを拒否するからです、とのこと。「色即是空」とはこのことであったかと妙に納得した。
体重150ポンド=68kgの人が持つQuarkと電子の重量は2ポンド=0.9kgに過ぎないそうだ。あとの148ポンドはこれらが持つ運動エネルギーと位置エネルギーだと。「運動しないと体重が減る」訳ではないと冗談を言われた。確かに「運動」が違う。成程エネルギーは質量なんだと、Einsteinの公式「エネルギー =質量 x (光速)^2 」が実感できた瞬間だった。 Quarkも、実は空虚で下部構造があるのではないかと教授は自問自答された。今理論物理で有力なのが超紐理論Super String Theoryで、10^-34mの紐や輪が様々に振動してQuarkなどの素粒子を構成するとする。ただQuarkの下部構造を調べるには太陽系ほどの大きさの加速器が必要だとのこと。2009年に稼働を始めたCERN研究所のLHC加速器は円周27kmだ。
インド人の「先生」が「暗黒エネルギーがXXXである可能性についての見解」を質問し「理論がまだ不充分」との回答を得た。私も手を挙げて「LHCから何が出て来たらいいなと思われますか?」と質問した。もしかしたら何か特異な期待があるかと思っての質問だったが、LHCの公式目的の「Higgs粒子と、Supersymmetry理論でまだ未発見の素粒子の発見」という当然のお答だった。しかしその後が質問の甲斐があったと思った。「物理学の実験装置では、当初の意図とは関係ない思いもよらぬ現象に出くわすことが伝統。LHCでもそれが起こることを期待している」ということだった。これは卓見だ。小柴昌俊教授のKamiokandeだって、当初は陽子が稀に崩壊する現象を捉える目的で建設されたが、途中で理論的にそれは無いことになり、小柴教授は巨費を無駄遣いした悪者になるはずだったが、Neutrino観測に方向転換し、百年に1回の超新星爆発が偶々起こった幸運に恵まれてNobel賞受賞に至った。運も実力のうち、Serendipityだ。以上