今年はFake Newsという言葉が米国で流行った。床屋談義なら「大量の投票が捨てられた」「新型肺炎は製薬会社が政府と癒着して危機を煽り立てているイカサマだ」くらいはあっても可愛いが、そういう主張で大規模なデモが荒れている動画を見ると、米人は馬鹿じゃないかと思う。付き合っている米人は皆常識人なのに、なぜこういう主張が一般大衆の情熱的盲信になるのかと、かねてから不思議に思っていた。
米誌 Science American 12月号で、Fake Newsを考察する論文を読んだ。表題は"The Attention Economy"(注意惹起の経済活動)で、SNS等がユーザの注意を惹き付ける内容を優先表示する事業戦略が、Fake Newsを広めているという主張だ。2人の筆者の1人は、米Indiana大Observatory on Social Media研究所の所長。もう1人は英Warwick大の心理学教授だ。
SNS上の情報を筆者はMeme[mi:m]と呼ぶ。「1人の脳から他人の脳に伝達・増殖する仮想の遺伝子」を表す造語だ。確かにSNS情報は伝染する遺伝子のようだ。Browser上で検索した情報も筆者はMemeの一種とする。
まず人間は、情報を受容する場合に、素直に受容するのではなく、次の3種類のCognitive Bias=認識偏向を通して受容すると言っている。
1.信頼する情報源なら信じる。でないと信じない。
2.危険やリスクに関わる情報は、他の情報より優先して受容する。
3.既知の情報に整合する情報を受容する。または情報を既知の情報に整合するように修正して受容。理解困難な情報は受容しないことを含む。
この3項目は人間の進化の過程で遺伝子に刻み込まれた性質だという。例えば村長(信頼大)があの場所(既知)は毒蛇が出る(危険)から注意と言った時に、信じた遺伝子が生き残って今日の人間になったという。
上記3.の実験が面白い。米先住民文化の物語を米人に聞かせて、数分後から1年後までに何度か、物語を復唱させた。復唱は段々変化し、先住民文化特有の部分が脱落したり、米文化に置換され復唱されたという。
一方SNSや検索エンジンにも顕著な選択上の偏向があるという。
A.個々人はMemeを全部は見切れないから、上位表示から選択して反応。
B.個々人が選択するだけでなく、Memeを届けるSNSや検索エンジンが、個々人の過去の選択を参考にして個々人の好みに合う情報を上位に表示している。その方が喜ばれるからサイト運営会社の事業伸長戦略である。
C.Memeは人間が発信するだけでなく、意図を持ったBotが発信しRetweetなど再発信する。BotとはRobotを語源とし、人に成りすますソフトだ。個人名で例えば温暖化ガス規制に反対するMemeを受けると再発信する。Memeの15%はBotからで、2016年の米大統領選では大いにデマを拡散した。
認識偏向1.2.3.と選択偏向A.B.C.で、次の現象が起こる。
ア.個々人の考えが極端化する。例えば気候変動規制の当否について均整のとれた情報を提示しても、個々人はその中から自分の考えに近い部分を証拠と受け取って発信し、再発信が繰り返されて拡散する内に、二極化してしまう。自分の考えに近いMemeしか見なくなり、二極化は続伸する。
イ.視野が広く均整のとれたMemeを高品質と定義すれば、Memeの量が増すと品質は低下する。なぜなら、大量の極く一部を参照する際、上記3.とA.の組合せで、狭い視野の極端な考えに集中するようになるから。
ウ. 低品質のBotが活躍すると、その影響で人間のMemeも低品質化する。
エ.上記2.のために、原子力や食品添加物の是非でも、再発信を重ねる度にリスク志向が強まる。つまり、原子力反対、添加物反対になる。
グラフは15千人のTwitterユーザの調査データだ。小円は1名、大円は429名だった。横軸は各ユーザが左翼系=Liberalか右翼系=Conservativeかを、参照するメディアから判断。縦軸は、専門家が認定した低品質の情報源を再発信している割合だ。@V字型の底が重いことは、思想の左右に偏らない高品質のMemeが多いことを示す。Aしかし右翼系=Conservativeの方が右上が長く、低品質化が進んでいる。BV字型の上部に分布があり、Memeの低品質化=Fake News化が、極左と極右で進んでいることを示す。
米国でFake Newsが流行るのは、SNSの高普及率の結果らしい。 以上