今年のNobel物理賞は私には身近に感じられた。毎年この時期になるとNobel賞受賞者が発表される。平和賞も関心があるがいかにも政治臭い。物理は大して勉強していない私だがなぜか物理賞には関心がある。物理が好きなのかも知れない。近年の受賞テーマは、Quark間に働く「強い力」は距離が小さいほど弱くなるという理論、Laserの理論とLaser分光器の開発、宇宙の背景放射が一様でないことの発見、などだった。いずれも興味深いが、私の体験と重なるものではなかった。
今年の物理学賞は仏Paris郊外Paris大学Orsay分校のAlbert Fert教授と独Koelnに近いJulich固体研究所のPeter Grunberg教授に授与された。受賞理由はGMRだと聞いて少し血が騒いだ。私が今使っているNotebook PCの磁気Disk(HDD)もGMR Headを使っていることを知っているからだ。今回気付いたのだが、この2人は今年の日本国際賞(和製Nobel賞)受賞者3人に入っていた。正月に決定発表、4月に授賞式が行われたようだ。
私はHDDを設計したことはないが、東芝本社に居た1993年まで、HDD事業は常に私の近くにあった。今まで40年間に10万倍の記録密度向上を見てきた。だからGMR Headというものが出て来たと10年前に聞いた時には大いに関心を持った。HDDは今やVideo Recorder、Video Cameraからカーナビ、携帯電話にまで進出してきた。昔から「半導体メモリは間もなくこんなに安く小さくなる。HDDに将来は無い」という意見が常にあったが、私は「記憶単位を英語で言ってSが付くもの(Integrated CircuitS)は、Sが付かないもの(TapeやDiskの記憶単位)にはコストで勝てない」と言ってHDDの開発の手を緩めなかった。二十数年間その通りになってきたが、過去10年の主原動力は垂直磁化と、GMRおよびその変形のTMRだった。
そもそも磁気記録は、環状の鉄心に巻線を施し(Toroidal Coil)鉄心の一部に間隙を設けたHeadという部品で磁気媒体の上に読み書きするのが原型だ。巻線に電流を流すと鉄心が磁化し、間隙から外に漏れ出た磁力線が磁気媒体の一部を磁化する。後で読み出される磁気媒体の磁化部分がHeadの前を通過すると、磁気媒体の磁力線が間隙から鉄心に吸い取られ、巻線に電圧→電流を生じるのを増幅して利用する。今でもAudio Cassette Tape Recorderや最近使わなくなったFloppy DiskはこういうHeadで読み書きしている。しかし記録密度の高いHDDやVTRの一部では、書込みは鉄心と巻線で仕方ないが、磁気媒体上の極く微小な磁化を鉄心と巻線で読取ることが段々難しくなってきた。そこに丁度GMR/TMRが登場した。
電流を流した導体に磁界を加えると導体の電気抵抗が上がる現象、MR=Magnetoresistance現象、は150年前に発見されていたが、変化率が小さく実用には遠かった。所が1988年に仏Fert教授と独Grunberg教授がそれぞれ独立に大きなMR変化を実現した。鉄Fe−クロームCr−鉄Feの、3層または60層までの多層薄膜構造を使った。1nm程度の原子数個分ほどの薄膜だ。仏では60層で超低温(4.2K)で50%、独では常温で3層で1.5%の変化だったが、従前からすると巨大な変化だからGiant MR=GMRと呼ばれた。Crの両面のFeは自然には反対向きに磁化されている。外から磁界を加えてFeが同一方向に磁化されると、Crの電気抵抗が小さくなる。2つあるSpinの一方を持つ電子は、或る磁化方向では自由電子化し難く電導に貢献し難いため、逆向きの磁界に挟まれると電流は流れ難いという。世界中の研究者がMR変化率の大きい材料開発に努め、1997年11月に東芝は世界で初めてGMR Headを使ったHDDを発表しCOMDEXに出展した。IBMもほぼ同時に発表した。
その後、薄膜に電流を流すとすぐ温度が上昇してしまうのを避けるために薄膜の垂直方向に電流を流すCPP-GMR (CPP=Current Perpendicular to the Plane)が開発された。また3層構造の真ん中を導体の代わりに絶縁体の薄膜とし、江崎玲於奈博士の発見になるTunnel効果で電流を流すTMR=Tunnel MRが開発された。Tunnel電流のMR現象そのものは1975年に発見されていたが、GMRが話題になってからTMRの実用化が進んだ。今後はTMRが主流と言われており、MR変化1対3の実験も報告されている。
HDD大容量化の基礎研究にNobel賞が贈られたことは真に目出度い。以上